GDPとマネーストックとマネタリーベースの関係

最近、経済成長は低迷しているのに預金需要の増大でマネーストックが増加しているというニュースを時折り目にする(例:ここここ)。そこで、マネーストックを被説明変数に、名目GDPとマネタリーベースを説明変数に重回帰を行った場合、推計期間によって結果がどのように変わるか調べてみた*1

以下は、終了期を2011年に固定し、開始期を1981年から2003年まで1年ずつずらしていった場合の回帰係数の推移。

これを見ると、バブル崩壊前を推計期間に含めた場合はマネタリーベースも名目GDPも概ね同程度の係数値(0.6〜0.8)を示していたのに対し、バブル崩壊後に限るといずれの係数値も急減し、名目GDPについてはマイナスにまでなってしまうことが分かる。

以下は上記の係数のt値の推移。

名目GDPの係数はバブル崩壊後に限ると有意でなくなっている。一方、マネタリーベースは一貫して有意である。



ここでもう一つ気になるのが、マネーからGDPへの経路はどうなっているのか、という点である。上記の回帰結果が示唆する通り、同時期のマネーとGDPには有意な関係は無い。しかし、マネーにラグを持たせた場合は、どうだろうか?
下図は名目GDPを被説明変数、8期前(=2年前)のマネーストックを説明変数とした単回帰の結果である(上と同じく、終了期を2011年に固定し、開始期を1981年から2003年まで1年ずつずらしている)。

バブル崩壊後に推計期間を限るとt値は下がり、有意と非有意の境目である2近辺で推移している。一方、回帰係数自体は推計期期間を短くすると一旦は低下するものの、その後は上昇に転じ、直近ではむしろバブル崩壊前を含めた場合より増加している。


また、上図の単回帰のマネーストックをマネタリーベースに置き換えると、以下のようになる。

こちらのt値は一貫して3〜4で安定している。係数はバブル崩壊後に限った時にやはり一旦下がるものの、さらに推計期間を短くしていくと僅かながら上昇傾向に転じる。


以上の結果からは、次のことが言えそうである。

  • マネタリーベースとマネーストックの関係は失われたと一般に言われているが、係数自体は下がっているものの、その関係は依然として有意であり、マネタリーベースの10%の伸びはマネーストックの0.4%の伸びにつながる。
  • バブル崩壊前に存在した名目GDPマネーストックの関係は失われている。即ち、最近では、いわゆる取引需要がM2の伸びに与える影響はあまり見られない。
  • マネーストックは2年程度のラグをもってGDPに影響する。M2の1%の伸びは名目GDPの1.3%程度の伸びにつながる。
  • マネタリーベースも2年程度のラグをもってGDPに影響する。マネタリーベースの10%の伸びは名目GDPの1.3%程度の伸びにつながる。


なお、上の4つのグラフを、名目GDPを実質GDPに置き換えて描画すると以下のようになる。



定性的な結果は、名目GDPの場合と変わらない。ただ、マネーストックの2年ラグの係数は直近では2近くにまで達している。


ここで注意すべきは、上記のうちマネタリーベースとGDPの関係については、リーマンショックの影響も少なからず寄与している、という点である。以下は関係する4系列の時系列推移を描画した図であるが、リーマンショックGDPが急落する2年前に、量的緩和手仕舞いに伴いマネタリーベースが急減していることが分かる。

ただ、一口にリーマンショックと言うものの、実際にリーマンが破綻したのは2008年第3四半期の終わりごろである。一方、名目GDPの前年同期比は2007年第4四半期にゼロ近傍まで低下している。そう考えると、いわゆるリーマンショックによるGDPの低下には、実はその前の金融引き締めも寄与していた、という解釈もできるのかもしれない。

*1:いずれの変数も四半期ベースの前年同期比。マネーストックはM2平均残高を用いた。マネーストックとマネタリーベースは日銀の時系列データ検索サイトから、GDP内閣府サイト(ただし1994年以前は旧基準を使用)から取得した(M2の前年同期比は日銀で2004年3月以前についてマネーサプライに接続したものが用意されているので、それを用いた)。