なぜロバート・ルーカスはオバマに投票したのか?

27日エントリでは、ロバート・ルーカスがWSJインタビューで財政刺激策を評価するような発言をしたことが議論の的になったことを紹介した。このインタビューの彼の発言でもう一つ議論の的になったのは、日欧の経済が米国に比べて遅れを取ったままであるのは、高い税金のせいで労働者のインセンティブが(特に既婚女性において)損なわれたため、という見解である。これについては、Economist's Viewで紹介されているように、以下のような反論がなされた。

  • ノアピニオン氏
    • 日本は米国より税金が低く労働時間が長い。ルーカスの言うGDPの格差とは逆方向。
  • カール・スミス
    • 人々が労働しなくなるのは何かを無料で得られる時であって、より高い税金を掛けられた時ではない*1
  • Antonio Fatas邦訳
    • 日米欧各国における税率と女性の雇用比率の関係は、ルーカスの見解と矛盾。

それ以外には、ルーカスの看板とも言える合理的期待を巡って、上記のノアピニオン氏がエントリ中で疑問を投げ掛けたのをクルーグマンが拾い、それにStephen Williamsonが噛み付く、という展開も見られた。


記事を全文転載したDavid Andolfattoは、そのWilliamsonのクルーグマンへの反応を「適切(appropriate reply)」と評価した一方で、以下の文章に示されたルーカスがオバマに投票した理由に驚いた、と書いている。

Mr. Lucas describes his parents as intelligent, reading people, neither of whom finished college—he suspects the Great Depression had something to do with it. "They got into left-wing politics in the '30s, not really to do anything about it, but to talk about. That was our background—me and my siblings—relative to our neighbors and relatives, who were all Republicans." In a community not noted for its diversity, his parents were especially committed to civil rights, his mother giving talks on the subject.

I ask about a report that he voted for Barack Obama in 2008, supposedly only the second time he had voted for a Democrat for president. "Yeah, I did. My parents are dead for a long time, but my sister says, 'You have to vote for Obama, for what it would have meant for Mom and Dad.' I felt that too. It's a huge thing. This [history of racism] has been the worst blot on this country. All of a sudden this charming, intelligent guy just blows it away. It was great."

A complementary consideration was John McCain's inability to say anything cogent about the financial crisis then engulfing the nation. "He didn't have a clue about the economy. I just assumed the guy [Obama] could do it. I thought he was going to be more Clinton-like in his economics and politics. I was caught by surprise by how far left the guy is and how much he's hung onto it and, I would say, at considerable cost to his own standing."


(拙訳)
ルーカス氏は自分の両親について、知的で読書家だったが、どちらも大学を卒業していない、と述べた。そのことには大恐慌が関係しているのではないか、というのが彼の推測である。「彼らは30年代に左派系の政治活動に足を踏み入れました。といっても実際に何か行動を起こしたわけではなく、話をするだけでしたが。それが私と私の兄弟姉妹が育った環境です。一方、我々の近所や親戚は皆共和党派でした。」 多様性が特徴だったとは言えない地域社会の中で、彼の両親はとりわけ公民権に熱心に取り組み、母親はそのテーマについて講演したりした。


私(=インタビュー取材したWSJ記者Holman Jenkins)は、2008年に彼がバラク・オバマに投票した、という報道について訊ねた。彼が民主党の大統領候補に投票したのはそれが二回目とされる。「ええ、彼に投票しました。私の両親が亡くなってから随分経ちますが、妹*2が『あなたはオバマに投票するべき。それがママとパパにとってどんな意味を持つか考えてみて』と言ったのです。私も同感でした。それは大きな出来事でした。そのこと[人種差別の歴史]はこの国の最悪の汚点でした。そして突如として、この魅力的で知的な男がそれを吹き飛ばしたのです。素晴らしいことでした。


当時米国を襲っていた金融危機についてジョン・マケインが何ら説得力のあることが言えなかったのも、もう一つの決め手となった。「彼は経済について何も分かっていませんでした。こちらの男[オバマ]ならば何かできる、と踏んだのです。彼は政治や経済に関してもっとクリントン的な立場を取ると思っていました。彼の立場があまりにも左寄りだったこと、そして、それに執着したことに私は驚きました。その執着が、言ってしまえば彼にとって極めて高くついたにも関わらず、です。」


オバマの実際の政策が左寄り過ぎた、という評価は、当然ながらクルーグマンらリベラル派の評価とは正反対である。オバマ政権の経済の司令塔だったサマーズがこのルーカスの評価を読んでどう思ったか知りたいところではある。

*1:ここでのスミスの見解は、以前のマンキューへの反応と矛盾しているようにも思われる。その時のマンキューは税率の上昇によって労働を減らす、と明言したのだが、今回のスミスの見解によれば、それは実際には発生しないことになる。

*2:ノーベル賞受賞時の履歴書によると二歳年下。