エレベータ乗降の厚生経済学

少し前にCheap Talkブログでそう題されたエントリが上がっていた(原題は「The Welfare Economics of Elevator Travel」)。オフィスビルで働く人間にとっては身近な話題であるが、節電でエレベータの稼動本数を減らすビルも少なくない現在の日本では特にますます身近になっているとも言える。
以下はその概要。

  • 一階上がるためにエレベータを利用する人に対し、階段を使えば良いのに、とイラッとしたことがあるかもしれない。しかし、1階から3階に上がる人に対し、2階で降りて一階分階段で上がれば良いのに、イラッとすることは無い。従って苛立ちの原因は、一階分階段を使わないという怠惰にあるのではなく、外部性にあることになる。
  • 一階上がるためにエレベータを利用する人は皆を遅らせるのに対し、1階から3階に上がる人はそうではない――乗り込んだ以上、エレベータは一度は止まらなくてはならないので――と思うかもしれない。しかし、2階のボタンが既に押されているのに3階のボタンはまだ押されていない場合はどうだろうか? 彼が2階で降りて一階分階段で上がれば、3階での停止を節約することができる。従って、一階上がる人に対してと同様に、この追加的に一階上がる人に対してもイラッとしなければ理屈に合わない。
  • 正確には、両者はまったく同様というわけではない。追加的に一階上がる人がエレベータに乗るという決定をした後、かつ、追加的に一階上がることを決定する前では、問題は変化するからだ。彼はエレベータに乗り込んだ後に、新たな情報を得る。即ち、エレベータに既に乗っていて彼の決定の影響を受ける人の数である。一方、一階上がる人の決定は、そうした人数の情報に左右されることはない。
  • このことは、一階上がる人よりも、むしろ追加的に一階上がる人に対してイラッとすべきことを意味している。一階上がる人は、エレベータの乗客が少ないと予想していたが、いざ乗ってみたら満員だった、ということかもしれない。ただ、その場合のエレベータの乗客の遅延は埋没費用である。しかし、追加的に一階上がる人の場合は、その遅延は回避可能な費用である。
  • また、こうしたことは、透明なエレベータの存在を説明すると同時に、それがオフィスビルにもっと普及していないという新たな謎を提起するのかもしれない。


これに対し、コメント欄で幾つか興味深いコメントが見られた。適当に拾ってみると…

  • 透明なエレベータが少ない理由は単純で、エレベータシャフトの中が汚いため。
  • Joel GarreauのEdge Cityによれば、透明なエレベータは70年代に女性が販売や管理部門に進出していったことの結果。彼女たちにとっては、透明なエレベータの方がストロスカーンのような連中から身を守る上で安全なので、ビジネスホテルがこぞって取り入れた。
  • 透明なエレベータの設置が難しければ、エレベータのドアの前で内部の映像を流すようにすれば良いのではないか。ただ隙間時間に広告を流されるのは煩わしいかもしれないが…。
  • 一階上がる人はエレベータが満員だったら乗り込むのをやめて階段に切り替えるという選択肢がある、という点がエントリでは見落とされている。従って、一階上がる人と追加的に一階上がる人のこの時点の決定は等価。
  • いや、むしろ追加的に一階上がる人の場合は、一階上がる人の場合よりも影響を受ける人が少ない。というのは、少なくとも一人は2階で降りることが既に確定しているので。
  • 2階のボタンが既に押されていて3階のボタンはまだ押されていない場合に3階のボタンを押したら皆をイラッとさせるとのことだが、3階のボタンが先に押された場合はどうか? その場合は、2階に行きたい人は3階まで行って一階分階段で降りるべき、ということになるのか? そうすると、ボタンを早く押したもの勝ち、ということになり、エレベータのボタンに皆が殺到する誘因を作ってしまう。それよりは追加的に一階上がる人を許容した方が良いのではないか?
  • (上のコメントの続き)追加的に一階上がる人がエレベータに乗り込んだ後で得る情報は、エントリで想定されているよりも少ない。5人がエレベータに乗り込み、1人が2階のボタンを押したが、他の4人は実は3階に行きたいものとしよう。その場合、その4人が礼儀正しく2階で降りて一階分階段で上がったとしたら、効率的とは言えまい。
  • (上のコメントのさらに続き)効率的な解決策は、エレベータの使用パターンに拠るのではないか? もし2階の乗降頻度が少なく、3階の乗降頻度が多いとしたら、追加的に一階上がる人にはためらいはないだろう。一方、その場合、2階から3階に一階上がる人は、本来あまり停止しない階にエレベータを停止させることになる。
  • 各人に行き先階を押させて、コンピュータで最適な停止ルートを決めさせる、というようにした方が良いのではないか?
  • 去年の夏にそこに泊まったが最悪だった。どうやら乗客の時間を最小化するのではなく、一回に運ぶ人数を最大化しているみたいだった。
  • 追加的に一階上がる人が2階で降りて3階まで階段を使う時、そう周りに宣言すべきか? そうでないと単なる怠け者の一階上がる人と思われるだろう。


それ以外には、階段の昇り降りがそもそも体力的にきつい人がいるという問題や、階段の使用を非常時以外には認めないビルが多い、といった尤もな指摘もあった。