年金と消費税

大和総研の原田泰氏が、高齢者は消費税を支払っていない、と1/4の同社HPのコラムに書いている(H/T 404 Blog Not Found*1)。原田氏は昨年7月1日のコラムでも同様の主旨のことを書いているが、そちらでは単純な計算例を用いて高齢者に税金負担をしてもらうことの意義を説いている。以下ではそれを簡単に紹介すると同時に、そのロジックの当否について検証してみる。


今、高齢者の所得代替率をs、高齢者の人口比率をa、現役世代の平均所得をY、税率をtと置き、高齢者の年金収入は税金で賄うものとする。また、高齢者がまったく税金を支払わないものとすると、
  a・s・Y = (1-a)・t・Y
より、税率は
  t = (a・s)/(1-a)
となる。
s=0.5とすると、現時点のaはほぼ25%なので、tは16.7%になる。それに対し、2050年にはaは40%になると見込まれるので、tは33.3%と倍増する*2


一方、高齢者も税金を支払うものとすると、
  t = a・s
となり、現時点の税率は12.5%、2050年の税率は20%となり、その上昇幅は7.5%で済む、というのが原田氏の指摘である。その計算に際して原田氏は特に直接税と間接税を区別していないが、コラムの文脈からすると、税金がすべて消費税という単純化した世界を想定しているものと思われる*3


しかし、ここで注意すべきは、原田氏が、高齢者が現役世代と同じ「税率」を支払うのではなく、同じ「税額」を支払うことを同時に想定している点である。これは、上の記号に即して言えば、
  a・s・Y・(1-t/s) = (1-a)・t・Y
という状況を想定していることになる。この式の左辺では、高齢者の所得sYに対し、t/sの税率が掛かっている。従って、原田氏のようにs=0.5とすれば、この世界では、高齢者の実効税率は現役世代の2倍、ということになる。その場合、興味深いことに、年金が消費税分込みの物価上昇率にスライドするという原田氏の批判する仕組みは、むしろそうした税率の逆格差を補正する形で働く。


だが、例えば同じ大和総研この資料に記載されているように、現実の所得代替率は、現役世代の名目所得ではなく可処分所得をベースにしている*4。そうすると、本来の式は
  a・s・Y・(1-t) = (1-a)・t・Y
であるべきかと思われる。これを解くと
  t = (a・s)/(1 - a・(1-s))
となる。先と同じ仮定で計算すると、現時点の税率は14.3%、2050年の税率は25%になる。これが、高齢者も現役世代も同じ「税率」を支払っている世界の税率である*5


その場合、年金の物価スライドはやはり消費税による物価上昇分を除くべきではないか、という話もあろうが、こちらのはてぶで指摘した通り、平成16年の制度改正により、物価上昇率が賃金(=可処分所得)上昇率を上回った場合は、スライド率は賃金上昇率に準じることになっている。これにより、仮に消費税率引き上げによって物価上昇率が賃金上昇率を上回るという特殊要因が働いたとしても、その年の年金の上昇率は賃金上昇率と同じに抑えられるわけだ。これは所得代替率の分母が可処分所得になっているのと整合的な仕組みであり、原田氏の高齢者が消費税を負担していないという批判は、そうした現状を鑑みるとあまり的を射ていないように思われる*6

*1:例によって小飼弾氏はこれを高齢者排撃のネタに使っているが、はてぶで指摘したように、同氏のエントリにおける数値比較はほぼ無意味なものである。

*2:原田氏は実際には23.1%と39.6%というより精確な数値を用いているが、ここでは簡単化のため、1/3エントリで用いたのと同じ数値に丸めた。

*3:[1/10追記]その場合、所得がすべて消費に回ることがこの計算の前提になる。それが非現実的な前提であることに鑑みると、この計算はあくまでも直接税ないし保険料方式を想定したものということになり、高齢者の消費税支払いを問題視したコラムの文脈とはそもそもミスマッチであることになる。

*4:しかも実際には、同資料の図表6やこのサイトによると、そうして支払われた年金から、さらに税金や社会保険料が差し引かれている。[追記]大和総研の資料では、「今後の年金課税や介護保険料を議論する際、税や保険料を差し引く前のグロスの年金額で代替率を計算することは、代替率を過大評価することになり問題である」と記述されている。

*5:[1/10追記]なお、原田氏の計算では若年層も現役世代に含まれてしまっている。若年層の人口比率をbと置いてさらにその点を補正すると、
  t = (a・s)/(1 - a・(1-s) - b)
となる。1/3エントリと同様、bが現時点は20%、2050年は15%という前提を置くと、tは現時点は18.5%、2050年は30.8%となる。

*6:[追記]原田氏は1989年の消費税導入ならびに1997年の消費税率引き上げの際に調整がなされなかったことを問題視しているが、こちらの記事によると、所得代替率ベースで考えた年金は、加入年数を考慮すると1980年をピークに下がり続けているとのことであり、そうしたトレンドに鑑みると重箱の隅をつついている感は否めない(今後はマクロスライドにより所得代替率を50.1%まで下げることを目標にしていることを考えると、猶更その感が強い)。