名目GDP先物の循環問題と期末取引集中問題

12/24のエントリにerickqchan氏からコメントを頂いたが、そこで氏が以前に訳されたサムナーの名目GDP先物解説を紹介いただいた。その解説のFAQでは、名目GDP先物の問題になり得る点として、循環問題と、取引が最後まで行なわれない、という2つの点が挙げられている。24日に紹介したエントリの続きでWoolseyはこの2つの問題を取り上げているので、以下に簡単に紹介してみる。


まず、循環問題


ここでは前提として、FRBはあくまでも名目GDP先物市場の売買に基づいて金融調節を行い、それ以外の独自の判断に基づく調節は行なわないものとする。今、名目GDPが目標に1%届かず、それを目標に一致させるためには1000億ドルだけベースマネーを増やす必要があることが分かっているものとする。従って、誰かが先物を売り、それに応じてFRBが金融調節を行なってベースマネーを増やせば、名目GDPは目標に到達する*1
しかし、そうして名目GDPが目標に一致した場合、先物を売った人は裁定利益を得ることができず、取引コスト分だけ損をすることになる。従って、投機家には名目GDPを目標に一致させるために先物を売る動機が無い。これがWoolseyの提起した循環問題である。
Woolseyは、この循環問題を防ぐ方策について以下のように論じている。

  • そもそも循環問題が生じるのは、代表的個人よろしく市場参加者全員の見方が一致している場合である。しかし現実には、ベースマネーが1000億ドル足りないと考えている人もいれば、既に1000億ドル余計だと考えている人もいるだろう。そうした予想の異質性を前提とすれば、循環問題は生じない。
  • FRBに完全ヘッジを前提とした裁量的金融調節(constrained discretion)を認めれば、FRBの判断で1000億ドルのベースマネー供給(と先物の売り)が実施できる(ただしその場合、もしFRB自身が誤って必要なベースマネー増加額が900億ドルだと判断した一方、他の市場参加者全員が正しい額が1000億ドルだということを知っていたら、やはり市場にはその誤りを正すインセンティブが無い)。
  • 愛国心などの経済外の動機を持つ投機家がいれば、採算を度外視して先物を売買してくれるかもしれない(FRB財政問題の手助けをするために名目GDPを上振れさせようとした時に、財政保守的な投機家がそれを阻止する、など)。
  • サムナー自身、この問題を防ぐために以下の方策を提示している*2
    • 取引期間を1日などの短い単位に区切る。
    • 取引を封印入札方式などの機密性の高いものとする。


次に、取引が最後まで行なわれない、という問題


サムナーの名目GDP先物案では、投機家の取引によってFRBの金融調節が決まり、それによって投機家の期待損益が変化するので、さらにそれに応じて投機家が(他の投機家の動向も睨みつつ)ポジションを調整する、…という堂々巡りが生じる。そうなると、投機家は自分が最後の一手を打とうとして、取引をギリギリまで遅らせようとする。

この問題の解消策については、Woolseyは以下のように論じている。

  • (名目GDPではなく)月次のCPIに対する先物を例に取れば、この問題は、6月のCPIの先物を皆が5/31に取引したがるようなものである。5/31時点での金融調節は、6月の物価水準に影響を与えるには遅すぎるからである。であるならば、6月のCPI先物の最終売買日を5/15(もしくはそれ以前)にしてしまえば良い。名目GDP先物で言えば、2012年第1四半期の先物の取引を2011年第1四半期に行なうようにすれば良い。
  • WoolseyはFRB先物を完全にヘッジしているという制約下で金融調節を行なうという前述のconstrained discretionが好みである。しかし、取引期間の最後に取引が集中する場合、取引と並行して実施する金融調節が、それによって惹起される先物取引によってFRBを期限内に完全ヘッジの状態に持って行くのに不十分であるかもしれない。その場合、FRBは取引終了後に思わぬポジションを取っていることになるかもしれない(売りポジションで残されたがために、思わぬ景気後退を作り出す羽目に陥るかもしれない)。
  • 一つの手は、手仕舞い期間を設けること。例えば最後の1ヶ月は、FRBがショートポジションならばそれ以上の売りは認めず、ロングポジションならばそれ以上の買いは認めないようにする。
  • サムナーは取引を日単位にすることを提案した。例えば2010年12月24日の取引は2011年の12月24日の名目GDPを対象にし、その日の名目GDPは2011年の第3四半期と第4四半期の加重平均で求める。しかしWoolseyに言わせれば、その提案は、四半期の最終日に取引をするインセンティブをますます高めてしまう。投機家が、2011年第3四半期の名目GDPは目標通りだが、第4四半期は上振れすると考えた場合、目標値と実測値の差が最大になるのは2011年12月31日だからである。日次の加重平均値を用いず四半期ベースの値だけを対象にすれば、そうした勾配は生じない。
  • あとは、手数料を四半期の最初の方は低くして、最後の方は高くするのが、取引が期末に集中するのを防ぐ一つの解となるだろう。ポジションを解消する者や、FRBのポジション解消を手助けする者の手数料は無料にするのが良い。

なお、12/24エントリで指摘した通り、ここでWoolseyが先物市場のプレイヤーとして投機家しか想定していないことには注意を要する。もしヘッジ取引者を導入すれば、市場の厚みが増し、状況はだいぶ変わってくるものと思われる。ただ同時に、そうしたヘッジ取引のほとんどは名目GDPの落ち込みに備えた先物売りになると想定されるので、市場に偏りをもたらす恐れも無視できないだろう。
また、先物に加えてオプション取引を導入したらどうなるか、という点を考えてみるのも興味深いと思われる。

*1:その際、先物の売りによって先物価格に下落圧力が掛かっても、実際に下落すれば直ちに目標と一致させるようなFRBの金融調節が行なわれる。そうなることは予め市場も知っているので、結局価格は動かない、とWoolseyは言う。

*2:これらは、投機家が最後の一手をFRBに曝すのを防ぐために取引をギリギリまで遅らせる、という次項の問題を防ぐ効果もある。