結局、フラッシュ・クラッシュは何が原因だったのか?

先月6日、今年5/6に発生したフラッシュ・クラッシュに関するNanex社の分析を否定したSECとCFTCの合同調査報告書を紹介したが、今度はその報告書にNanex社が反論しているEconbrowser経由)。


先月6日のエントリでは、SEC=CFTC報告書の中のCTSやCQSの遅延は問題では無かったと記述した部分を紹介したが、そのNanex社見解に真っ向から反する見解について、同社は以下のように反論している。

Again from page 78:

Our investigation to date reveals that the largest and most erratic price moves observed on May 6 were caused by withdrawals of liquidity and the subsequent execution of trades at stub quotes. ...However, the evidence does not support the hypothesis that delays in the CTS and CQS feeds triggered or otherwise caused the extreme volatility in security prices observed that day.

Loss of liquidity really means buyers pulled out -- few buyers means lower prices. The reason the buyers pulled out? As evident by the SEC's statements above, one of the primary reasons was lack of confidence in data integrity and much of that was due to delays experienced on the NYSE.

In regards to volatility levels when trades began to hit stub quotes, actual execution of trades at stub quotes did not begin to occur until the market had bottomed and played no role in the actual crash itself.


(拙訳)
(報告書の)p.78からの引用:

現在までの我々の調査では、5/6に見られた最大かつ最も異常な価格変動は、流動性の枯渇と、それに伴う仮置き気配での約定の執行によって引き起こされたことが明らかになっている。・・・しかし、証拠を見る限り、CTSとCQSのフィードの遅延が、当日の株価の極端な変動の引き金を引いた、ないし、直接の原因となった、という仮説は支持されない。

流動性の枯渇は、買い手が手を引いたことを意味する。買い手が少なくなれば、価格は下がる。なぜ買い手が手を引いたか? SECの前述の引用部*1に明らかな通り、主たる原因の一つはデータの整合性を信頼できなかったためであり、その整合性に問題が生じた原因の大部分はNYSEでの遅延にあった。
取引が仮置き気配で執行され始めたボラティリティの水準について言えば、仮置き気配での実際の取引の執行が始まったのは市場が底を打った後であり、クラッシュそのものには寄与しなかった。


また、上記以外にもNanex社は数々の反論を述べている。以下はその概要。

  • 報告書は、名指しは避けているが、E-Mini先物の75000件もの約定を引き起こした大量のアルゴリズムの売り注文によってフラッシュ・クラッシュが引き起こされた、としている。これはワデル・アンド・リード社の注文を指していると思われるが、実際に同社から注文データを入手して市場データと比較したところ、同社の注文が市場の急落を引き起こしたという説とは矛盾する結果が得られたさらに調べてみると、ワデル・アンド・リード社自身の注文は市場にインパクトを与えないようにきちんと制御されていたものの、その取引相手となったブローカーが無秩序に売り注文を出した結果、システムに過剰な負荷が掛かり、フラッシュ・クラッシュが生じたことが分かった。報告書は売り買いが繰り返されるホットポテトの喩えを使ったが、それよりは小学1年生のドッジボールの試合に中学2年生が混じった状況に近いものと思われる。中学2年生にボールが渡ると、皆パニックと恐怖に駆られて蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った、というわけだ。
  • NYSEのデータ遅延は14:42:45に始まったのに、報告書ではその2分後に始まったとしている。
  • NYSEの気配情報の遅延によりNBBO(全国最良気配)はデータとしての有効性が失われていたにも関わらず、報告書では各所でNBBOを用いた分析を行っている。
  • NYSEのタイムスタンプの問題が言及されていない*2
  • 報告書は1分間隔や15分間隔のスナップショットのデータを用いている。しかし、5000銘柄の1分間隔データでは毎分5000ポイントのデータしか得られないのに対し、実際にはその間に1200万件ものデータが発生している。即ち、実際のデータの2400分の1のデータしか使用していないことになる。高頻度取引の分析では15分間隔のデータを用いているが、多くの高頻度取引では1秒間に5000件以上の注文を行っている。
  • NYSECTS/CQSの遅延を直接引き起こした気配の飽和現象が言及されていない。


なお、SEC=CFTC報告書とNanex社分析が真っ向から対立する点としては、他に、気配詰め込み(quote-stuffing)操作があったか否か、という点があったが、これについてNanexは今はあまり強く主張していないようである。一つには、気配のバースト現象が意外に日常的に観察される事象であることに気付いたためかもしれない。

*1:上記引用部の前に報告書のp.38とp.76から引用しているが、そこでは、ミリ秒単位の速さにこだわって取引所から直接フィードを受けているブローカーはCTSとCQSのフィードの遅延の影響を直接は受けなかったが、CTSとCQSのフィードに頼っているブローカーは影響を受けた、と記されている。また、取引所フィードを直接受けているブローカーも、CTSとCQSをデータチェックに用いている場合は影響を受けただろう、とも記述されている。

*2:cf.小生の6/26エントリ。