先月末に、アラン・ブラインダーとムーディーズのマーク・ザンディ(Mark Zandi)が「如何にして大不況は終焉させられたか(How the Great Recession Was Brought to an End)」というレポートを発表した。そのレポートでは、ムーディーズの経済モデルを用いて、米政府の景気対策(含FRBの金融政策)の効果を測定している。その結果について、レポートの冒頭では以下のように述べられている。
We find that its effects on real GDP, jobs, and inflation are huge, and probably averted what could have been called Great Depression 2.0. For example, we estimate that, without the government’s response, GDP in 2010 would be about 11.5% lower, payroll employment would be less by some 8½ million jobs, and the nation would now be experiencing deflation.
When we divide these effects into two components—one attributable to the fiscal stimulus and the other attributable to financial-market policies such as the TARP, the bank stress tests and the Fed’s quantitative easing—we estimate that the latter was substantially more powerful than the former. Nonetheless, the effects of the fiscal stimulus alone appear very substantial, raising 2010 real GDP by about 3.4%, holding the unemployment rate about 1½ percentage points lower, and adding almost 2.7 million jobs to U.S. payrolls.
(拙訳)
我々は、実質GDP、雇用、そしてインフレに対する景気対策の効果は非常に大きなものであり、おそらく大恐慌2.0とでも呼ぶべきものを防いだことを見い出した。数値例を挙げると、我々の推計によれば、景気対策が無かったならば、2010年のGDPは11.5%低い水準に留まり、雇用は850万人少なく、米国はデフレに陥っていたであろう。
この政策効果を、財政刺激策の効果と、TARPや銀行のストレステストやFRBの量的緩和といった金融市場政策の効果という二つの要素に分解してみると、後者の方が前者よりもはるかに効いたものと推計される。しかしながら、財政刺激策単独の効果も極めて大きなものに思われる。それによって、2010年の実質GDPは3.4%押し上げられ、失業率は1.5%低く抑えられ、270万の追加雇用が生み出された。
ちなみに、最近のガイトナー財務長官のコラム(邦訳はここ、ここ)でも、このブラインダー=ザンディの分析が引用されている*1 *2。
一方、Econlogのアーノルド・クリングは、そんな化石みたいな計量経済モデルを使ってw、と揶揄しつつ、かつて自身がブラインダーに師事した時に受けたモデルを回す際の注意事項が今回どう処理されたか読み取れない、とその手法に疑問を呈している(ここ、ここ、ここ)。
また、ジョン・テイラーもブログで以下の4点を挙げて、クリングと同様の批判をしている*3。
- レポートでは実際に起きたことではなく、モデルのシミュレーション結果を報告しているに過ぎない。しかもモデルもザンディのモデルしか使っていない。そのようなオールドケインジアンのモデルでは政策効果が大きく出てしまうが、ニューケインジアンのモデルでは小さく出る*4。従って、財政刺激策についてこのレポートでは新しい知見が何ら見られない。
- 金融市場政策についても、モデルによるシミュレーションを行ったに過ぎない。しかも、関係するモデルの係数について何も記述していない。
- テイラー自身の研究を始めとして、異なる結果を報告している従前の研究について何も触れていない。
- レポートの付録では、TARP以前の政策の拙さについて言及し(ex. ベア・スターンズを救済してリーマンを救済しなかった)、それがコントロール可能なはずの金融危機をコントロール不可能なパニックに転化してしまった、と述べている。それについては禿同*5。しかし、政策のトータルな効果を考えた場合、政策によって起こされた失敗が政策によって救われたとはこれ如何に?
*1:ただし、ガイトナーは景気対策によるGDPの上昇幅を6.5%として引用している。レポートのEndnoteには
「JULY 28, 2010 1 P.M. CORRECTION: This article now contains corrected figures for our estimate of 2010 GDP with and without the stimulus. As the article now reflects, GDP in 2010 would be about 11.5% lower without the government’s response, and the fiscal stimulus has raised GDP by about 3.4%.」
と記されているので、おそらくはその修正前の数字を引用してしまったものと思われる。たとえばマシュー・イグレシアスのブログエントリでも同様の混乱が見られる。
*2:日本語で読める記事では、「刺激策なければ金融危機はずっとひどかったのか?」と題されたこのWSJ日本語記事でもブラインダー=ザンディの分析が言及されているが、ただし、そこではファニーメイとフレディマックの救済資金の試算結果を引用するに留まっている。
*3:こちらのブルームバーグ日本語記事でもテイラーのあるインタビューでの批判が紹介されている。
*4:テイラーは、7/1の下院予算委員会でそのことを説明したが、それにはザンディも出席していた、とも書いている。ちなみにこちらのFT記事(リンク先はJBPress翻訳記事)でその委員会でのザンディとテイラーの話が簡単に触れられている。