学界vsウォール街:2000年代前半の低金利についての見方

バーナンキの再任に黄信号が灯りつつあるが(cf. ここここ)、最近彼の言動で議論を呼んだのは、年初のAEAでのスピーチである。そのスピーチで彼は、2000年代前半の政策金利が低すぎたという見方に反論した。


2000年代前半の低金利については、昨年半ばのデロングのproject syndicate論説がきっかけでブロゴスフィア界隈で議論が起きたことがある。それを取り上げた拙ブログの2009/7/5エントリでは、当時の金利は低すぎたと考える経済学者の一人としてデビット・ベックワースを紹介した。ベックワースは、今回のバーナンキのスピーチについても激しく反応している。彼は、1/4エントリバーナンキに大いに反論したほか、続くエントリで、他の人々の反論も精力的に紹介している(バリー・リソルツジョン・テイラージョン・キャシディその他の反応)。


さらに、彼の1/14エントリでは、WSJがこの問題についてエコノミストにアンケートを取った結果を紹介している*1。それによると、実務界のエコノミストの78%が2000年代前半の低金利が住宅バブルの原因だと答えたのに対し、学界のエコノミストではその比率は48%に過ぎなかったという。ベックワースは、この結果を、実際の金融システムに近い立場にいた人たちがより正確に低金利の影響を把握できたためではないか、としている。そして、学界の“浮世離れした”エコノミストの代表として、リカルド・カバレロ最近の論文を槍玉に挙げている*2。その論文の主旨は、カバレロ自身が最近のvoxeuで紹介しているが、以前ここここで紹介した話の延長で、米国の金融業界が生み出す安全な金融資産への世界からの需要が問題の根源にあった、というものである。ベックワースは、このカバレロの主張について、低金利によってもたらされる悪しきインセンティブについて一言も触れていない、と批判している。

次いでベックワースは、対照的な実務界のエコノミストの見方として、リソルツの危機の発生経緯の以下のまとめを紹介している。

  1. 超低金利ファンドマネージャーに収益機会への殺到をもたらした。
  2. 同時に、規制を受けないノンバンクがサブプライム貸し出しに大量進出した。それらノンバンクは、モーゲージ証券証券化業者に販売するためだけに存在していた。
  3. ノンバンクは、モーゲージ証券を再販のためだけに引き受ける(従って一時的にしか保有しない)ので、貸し出し基準が大いに緩んだ。それによってさらに多くのモーゲージ証券の引き受けが可能になった。
  4. そうしたいい加減な引き受けによるローン――要は屑証券――がウォール街証券化のために大量に販売された。
  5. フィッチ、ムーディーズ、S&Pの集団的な不正な格付けによって、そうした屑にトリプルAが与えられた。
  6. それら屑証券の投資適格格付けが、収益を求める債券投資家(cf. 項番1)に高収益証券の購入を可能にした。その格付けが無ければ、彼らはそれらを買うことはできなかっただろう。
  7. 投資銀行レバレッジの増大が、証券化商品の大量製造を可能にした。投資銀行の中には、自らそうした商品を大量に買ったものもあった。
  8. 影の派生商品市場で、さらにレバレッジが積み増された。それにより、AIGなどの企業が3兆ドルもの派生商品へのエクスポージャーを持つことが可能になった。そのエクスポージャーの大部分はモーゲージやクレジット関連だった。
  9. 金融部門での報酬の仕組みには非対称性が存在した。儲けが出れば従業員が潤い、損が出れば株主(そして結局は納税者)が負担を被った。このことは(当然ながら)より積極的でリスクを取る動きを活発化させた。
  10. いったん住宅価格が下がり始めると、上記すべてが瓦解した。

リソルツは規制の問題も重視しているものの、低金利も問題であったことを認識している、とベックワースは指摘している。

*1:ベックワースがリンクしている記事は要サブスクリプション。ただ、WSJブログで実際のアンケート結果の一部を紹介しているEconomist's View経由)。

*2:ベックワースはNBERにリンクしているが、一般には読めないので、ここではぐぐって拾った別のpdfにリンクしている。