経済が需要制約型になる時

Nick Roweが、WCIブログの1/3エントリで、供給制約型経済と需要制約型経済について興味深い考察をしていた。ここで前者はキューバ北朝鮮のような経済を指しており、後者はG7のような先進国経済を指している。通常の解釈では、経済があまり発展しておらず、国民の需要を十分に満たせない国では供給が経済のボトルネックとなる。一方、供給能力が十分すぎるほど発展した国では、不景気においては需要不足が問題になるので、需要が経済の決定要因となる。Roweの解釈が興味深いのは、そこに独占的競争の考えを持ち込んだ点にある。


Roweは、続く1/8エントリで、3つの図を用いて自分の考えを説明している。以下ではその図をもとに彼の考えを紹介してみる*1


最初にRoweが示したのは、独占的競争下の個々の企業の価格、限界収入、限界費用と数量の図である。縦軸の価格を全体の物価水準で割って基準化し、均衡価格を1と置いたことを除けば、通常のミクロ経済学の教科書にある図とまったく同じである。


次いでRoweが示したのは、上記の図をマクロ的に集計した図である。

縦軸の価格は引き続き平均で基準化しているので、需要曲線は価格=1での水平線となる。
また、限界収入曲線は、MR=(1-1/E) として表される。ここでEは需要の価格弾力性である*2。もしEがYの関数で、好況時には増加するならば、限界収入曲線は上図のように右上がりになる。逆に好況時に減少するならば、右下がりとなる。
ここで注意すべきは、完全競争の場合には、需要曲線と限界収入曲線は完全に重なり、産出の均衡値は限界値Y^になるということである。その均衡においては、価格と限界費用と限界収入は一致する。従って、需要がそれ以上に増えてしまうと、限界費用が価格を超過してしまうので供給が行なわれず、需要超過となってしまう。
それに対し、上図の独占的競争の場合は、均衡値が限界値以下であるため、需要の増加が生じてもそれを吸収できる。価格と限界費用の差が、その需要増のショックアブソーバーの役割を果たすわけだ。


この考察をもとに、Roweは第三の図を提示する(ここでは縦軸はもはや相対価格ではない)。

総需要曲線(AD)は、ここでは外生的に与えられるものとする。
価格の柔軟性を仮定した長期の総供給曲線は、通常のマクロ経済学が示すとおり、均衡値Y*における垂直線である(LRAS(1))。しかし、価格を一定とした短期の場合は、総供給曲線は水平線となる(SRAS)。その場合、総需要曲線の右方向のシフトは、産出の増加をもたらす。これが需要制約型経済の特徴である。
ただ、その場合でも需要=産出は無限に増やせるわけではなく、供給の最終的な限界Y^が上限になる。その上限を示したのが、第2の総供給曲線(LRAS(2))である。


ちなみにRoweは、これら一連の考察を、(拙ブログの1/3エントリで紹介した)サムナー、コーエン、クリングの議論への反応として書いた、としている。クリングの言う「再計算」(=経済の構造調整)は、キューバのような中央集権的かつ供給制約的な経済では意味があるだろうが、先進国のような需要制約型の経済では需要ショックの方が問題ではないか、というのがRoweの見解である(ただし、先進国における構造調整による失業の発生自体を否定したわけではない)。

*1:図はマイクロソフトのペイントの使用法を娘に教えてもらって描いたとの由。WCIブログではStephen Gordonがグラフをそれなりに用いる一方、Roweが図解を一切用いないのが個人的にやや不満だったのだが、これで今後はその問題も解消されそう。

*2:通常の教科書ではMR=価格*(1-1/E)となるが、今、価格は1で一定であることに注意。