コント:ポール君とグレッグ君(2009年第12弾):雑感

昨日のエントリについて個人的に考えたことを記しておく。


マンキューの考えの問題点は、必要条件と十分条件の混同にあるように思われる。即ち、高収入の人には確かにIQの高い人が多いだろう。だが、IQの高い人が高収入とは限らないのではないか? その点を彼は見落としているように思われる。つまり、彼が2番目のエントリで挙げた4つの命題のうち、2番目の「より能力のある人はより稼ぐ」というのは、彼が信じるほど真実ではないように思われる。


マンキューが考えている一連の因果関係の連鎖は、以下の2つの枝に分けられる。
 a) 親が高収入 -(1)→ 親のIQ高い -(2)→ IQ遺伝
 b) IQ高い    -(3)→ 学業成績良 -(4)→ 大学修了 -(5)→ 高収入


このうち、a)の連鎖については、あまり異論が無いだろう。上述の通り、高収入の人は確かに頭の良い人が多いだろうし、頭の良さというのは確かに遺伝する。もちろん相関は完璧ではないにしても、他の事後的な要因が作用して因果関係を変更する余地は少ない。


問題は、b)の連鎖である。(3)(4)(5)のいずれの因果関係も、親の経済力や周囲の環境といった事後的な要因が結果を左右し得る。しかもそれが例外事象に留まらず、統計に現れるほど大きい、というのは、例えばクルーグマンやイグレシアスが指摘した分析に示されている。


8/31マンキューブログで紹介された養子のIQと実の父親の収入の関係を描いたグラフも、上記の考察に基づけばより素直に解釈できるように思われる。このグラフでは、実の父親が所得階層の上位(下位)にあるとIQが高い(低い)傾向が見られる。つまり、高所得層ではIQの高い人が多く、低所得層ではその逆で、そのことが子にも受け継がれるという傾向は確かにあるように思われる。
だが、所得階層の中位層(第3分位〜第7分位)はフラットに近い。中位層のIQは皆が中程度というわけではなく、IQの高い人も低い人も混じっていて、結果として平均が中程度になっているというのが実態に近いように思われる。従って、この層でIQと所得の関係を論じるのは意味が乏しいのではないだろうか。



とは言うものの、マンキューが引用するSacerdoteの論文では、以下のように養子と実子の所得差が明確に示されている。この結果をどう考えるべきだろうか?

(上が2004年版論文、下が2006年版論文


2004年から2006年のデータの改訂によって、その差が一層際立つようになったが、ただ、その分、奇妙なことに気付く。親の収入=20万ドルのポイントを除くと、グラフはフラットどころかむしろ右下がりになっているのである。
論文を読むと、この分析は、養子だけの家庭とそれと同等の普通の家庭を比較したわけではなく、Holtプログラムで養子を取った家庭を母集団として、その母集団内の養子と実子とを比較したようである。すると、親が実子を養子より贔屓するという問題をどうしても孕んでしまうように思われる。さらに養子は皆韓国系であるという人種の問題もあるだろう。小生の読み込み不足かもしれないが、論文では分析においてその辺りに特に注意を払ったようには見えなかった。

グラフを良く見てみると、親の収入が1万〜20万ドルの範囲でも、養子の収入は揃って5万ドル以下であり、しかも大体が4万〜5万のレンジに収まっている。そして、親の収入が10万ドル以上20万ドル未満では、養子の収入が2万ドル台に落ち込んでいる。一方、実子の収入は概ね親の収入に比例して伸びている。このことを、養子という立場で育つ家庭環境も人種の壁も関係なく、ただIQの遺伝の問題の表れである、とどんぐり眼で無邪気に主張されても、小生のようなひねくれ者には素直に納得しがたいものがある。また、もしそうだとすると、Holtプログラムにおける養子は、低いIQで揃えられていたことになってしまう(2006年のグラフにおいて、養子の所得が実子の所得を上回ることが決して無いことに注意。両親の所得の最下層においても、養子の所得は実子の所得を約1万ドル下回っている)。

そう考えると、同じSacerdoteの論文でも、「ヤバい経済学」に引用されていたものの方がまだ説得力があるように思われる。



[追記]
Sacerdote論文を紹介したタバロックのエントリのコメント欄でも、上記の小生と同様の指摘(実子と養子の扱いの差の問題、人種問題)が見られ、活発に議論が交わされている。このうち実子と養子の問題について、タバロックはコメント欄で

Some might suggest that parents treat their biological and adopted children differently and this is what accounts for the difference in incomes. The interpretation is very uncharitable to the parents who have volunteered to raise an adopted child and I think it implausible. Moreover, unless every adopted child is treated equally poorly in all families, then we would still expect the income of adoptees to increase with parental income but perhaps starting at a lower level.

と反論しているが、すぐに

Moreover, unless every adopted child is treated equally poorly in all families, then we would still expect the income of adoptees to increase with parental income but perhaps starting at a lower level.

Not necessarily. Some parents might treat their adoptees better than others; if that better treatment is uncorrelated with parental income, then you'd still see a flat adoptee income curve.

You're right that "parents treat adoptees worse than biological children" is an uncharitable explanation, but I don't see any data in this post to rule it out. Plus, it's certainly an intuitive explanation from a "selfish gene" point of view.

と再反論されている。