シーラ・ベアは英雄か?それとも厄介者か?

Economist's Viewの8/5エントリで、「In FED We Trust: Ben Bernanke's War on the Great Panic [ラフカット]」という本の感想が紹介されていた*1。元はEconomics of Contemptブログエントリで、そこでは本からの抜き書きに簡単なコメントが添えられたものが、箇条書きに幾つか挙げられている。中で目につくのが、シーラ・ベアFDIC総裁への手厳しい評価である。

Sheila Bair sucks. Okay, this isn't really a new revelation, but still, Wessel's book drives home that Bair is truly an atrocious regulator. She sought to undermine Bernanke, Geithner, and Paulson's efforts to save the financial system whenever she got a chance. This is in addition to the colossal mistake she made in forcing WaMu's bondholders to take huge losses at the absolute height of the panic. No wonder the other regulators were so eager to avoid including her in any rescue policies. She has a grand total of 0 years of experience in banking, and is concerned with only one thing: her image. The sooner this walking train-wreck is out at the FDIC, the better.


(拙訳)
シーラ・ベアは最低だ。まあ、それは今に始まったことではないが、それでもウェッセルの本は、ベアが本当に不愉快な規制当局者であることを改めて納得させてくれる。彼女はバーナンキガイトナー、そしてポールソンの金融システムを救おうとする努力を、あらゆる機会を捉えて駄目にしようとした。それ以前に彼女は、ワシントンミューチュアルの債券保有者にパニックの真っ最中に巨額の損失を蒙ることを強いるという途轍もないミスをしでかした。他の規制当局者が、すべての救済計画から彼女を締め出そうと躍起になったのも無理はない。彼女の銀行での業務経験はなんと合計0年であり、彼女は一つのことしか気にしていない:彼女のイメージだ。この歩く列車事故FDICから去るのは早ければ早いほど良い。


これについては真っ向から反対するコメントが付いた。

Let's see:

1. Sheila Bair got a better offer for Wachovia from Wells, and drove a hard bargain with Citi beforehand.

2. She was willing to force bondholders to take losses at Wachovia and WaMu.

3. She has opposed Team Geithner/Paulson in their bailout efforts, including killing PPIP.

4. She has 0 years of banking experience.

I say God Bless Her, this is EXACTLY what we need from regulators. Willingness to make bondholders, rather than Americans, the bagholders. Willingness to regulate, rather than promote, the US banking industry. Spine.

I'm afraid you're the one who sucks, Mr. "structured finance lawyer." In law school someone should have taught you about risk.


(拙訳)
ええと、

  1. シーラ・ベアはウェルズからワコビア買収のより良い提案を引き出したが、その前にはシティと有利な交渉を進めていた。
  2. 彼女はワコビアとワシントンミューチュアルの債券保有者に損させることを厭わなかった。
  3. 彼女はガイトナー/ポールソンの救済の努力に反対し、PPIPを葬った。
  4. 彼女は銀行での業務経験が0年である。

私に言わせれば、神よ彼女を祝福したまえ、それはまさに我々が規制当局者に必要とする資質だ。米国民よりは債券保有者に損を負わせる意志。米国の銀行業界を助成するのではなく、規制しようとする意志。気骨。
「structured finance lawyer(=Economics of Contemptのブログ主)」さん、最低なのはあなたではないか。ロースクールで誰かがあなたにリスクについて教えるべきだったね。


Economist's Viewのコメント欄でもこのベアの評価についてのコメントが多く付いたが、Economics of Contemptの見方に反対し、ベアを支持する声がほとんどである。anneという常連コメンテータは、女性だからこんな書き方をされるのかしら、とジェンダー問題に絡めたコメントをしている。


おそらくEconomics of Contemptのブログ主は、ワシントンミューチュアルの救済に絡んでFDICに煮え湯を呑まされたのだろう。そういえば以前ここで紹介したヘッジファンド経営者のジョン・ヘンプトンも、ブログでベアを激しく非難している(たとえばこのエントリ)。
こうした激烈な批判からは、彼女が投資家サイドには決して受けが良くないことが伺える。逆に言えば、それは、上記で引用したコメンテータの言う通り、預金者側に立つという本来の役目を全うしている証なのかもしれない。


ちなみに、現在進行中の金融規制改革案について本ブログの7/29エントリで取り上げたところ、kmoriさんからFDICFRBの棲み分けはどうなっているのだろうか、というコメントをいただいた。その時は、少しぐぐってみると両者の縄張り争いに関する記事が見つかったので、それで応答させていただいた。
その後すぐ、ガイトナー財務長官が、そうした縄張り争いはもうたくさんだ、とベア、バーナンキ、およびメアリー・シャピロSEC委員長を叱りつけたとWSJで報じられ、他社も一斉にその話に飛びつく(たとえばこれこれ*2)、ということがあった。ガイトナーとベアとのかねてから確執を考えると、その叱責の主なターゲットがベアだったことは想像に難くない


良くも悪くも、FDICがこうしたニュースや話題の前面に出てくるようになったのは、ベアという強力なトップを戴いたことに与るところが大きいのだろう。今後もこの人から目を離せそうに無い。

*1:ちなみに日本語で読める同書の書評はこちら。関連記事はこちら

*2:前者のテレグラフ記事ではガイトナーは普段の冷静さを欠いていた(要するにキレた)といい、後者のNYT記事によると親が子供を叱責する調子だったという(ただ皆ガイトナーより年上なのだが…)。