コント:ポール君とグレッグ君(2009年第7弾)

医療費の管理コストを巡ってまた二人がやり合った。

グレッグ君
メディケアは管理コストが低いと言われているけど、この研究によると違うみたいだよ。それによると:
“メディケアの受給者というのは、その性格上、高齢者や障害者や末期の腎臓病の患者から成るので、65歳以下の健常者が大部分の民間保険に比べ、どうしても平均受給額が高くなる。それに対し、管理コストというのは、その大部分が保険プラン単位、ないし受給者ベースで発生する。だから、受給額に対するパーセンテージ比率で見ると、メディケアの管理コストは低く出てしまう。一人当たりの2005年の実額で見ると、メディケアの管理コストは509ドルで、民間保険のそれは453ドルだった。”
ポール君
ヘリテージ財団の「研究」を読む場合、ヘリテージが実はシンクタンクなんかじゃないということに気をつける必要がある。あそこはプロパガンダ商店なんだ。あそこの言うことは全部疑ってかかる必要がある。グレッグ君はそのルールを忘れたみたいで、メディケアの低い管理コストをうまくごまかそうとしたヘリテージの最近の研究を、肯定する格好でリンクしている(そう、明らかにグレッグ君は肯定している。今度は言い逃れは無しだ*1)。

ところが、おっとどっこい、これは古くからある議論で、ジェイコブ・ハッカーによって完全に論破済みなのさ。その内容はこうだ:
CBOの研究によると、メディケア・アドバンテージ下の民間保険とメディケアを比較すると、メディケアの管理コストが2%以下なのに対し、メディケア・アドバンテージのそれは約11%とのことだ。両者は運用ルールも受給対象も似たようなものなので、これはきちんとした比較対照になっている(しかもこれでも民間保険に有利な見積もりかもしれない。GAOの調査によると、2006年のメディケア・アドバンテージの医療関連支出は83.3%で、残りのうち10.1%が非医療関連支出、6.6%が利益ということだから、管理コストは16.7%ということになる)。
連邦公務員医療保障プログラム(FEHBP)でも似たような結果が出ている。優先医療給付機構(PPO)の管理コストは平均7%なのに対し、保険維持機構(HMO)の管理コストは10から12%だ。
国際比較で見ると、米国の管理コストはOECD加盟国の6倍近くだ。そしてその差のほとんどが、セールスやマーケティング、および非常に分断化された多種多様の請求・調査慣行に基づく民間保険の査定業務によるものだ。”

覚えておくべきは、次の2つのルールだ*2
  1. ヘリテージの言うことは何も信じるな。
  2. ヘリテージの言うことがもっともらしく思えたら、ルール1を思い出せ。
グレッグ君
元エントリの追記:読者が教えてくれたけど、こういう研究もあるね。また、アンドリュー・ゲルマンのブログエントリと、それに対するヘリテージ論文の著者ロバート・ブックのコメントも参照のこと。あと、ポール君のエントリにも論文の著者が反論コメントを寄せているね*3

それとNYT論説にも書いたけど、コストと効率性を同一視しちゃいけない。無駄な支出を排除するためにコストを余分にかける方が、結果として安上がりになることもある。読者が教えてくれたけど、マルコム・スパロー・ハーバード大教授の最近の議会証言によると、保険の不正受給による無駄は年間数千億ドルにも上るそうだ。それを防止するためにコストをかけるのは意味があることだろう*4

Economist's Viewも7/6エントリ7/8エントリでこのやり合いを取り上げている。このうち、7/8エントリでは、ワシントンポストの若きブロガーであるエズラ・クラインのエントリを紹介しているが、そこでクラインは、管理コストは部分的な問題に過ぎず、問題は高騰し続ける医療コストではないか、という(ある意味至極もっともな)問い掛けを発している。タイラー・コーエンも7/7エントリで同様の指摘をしている。
コーエンはまた、そのエントリと同日のその前のエントリで、マンキューの7/7エントリでの指摘――コストと効率性の二律背反の問題――と同様の指摘を、TANSTAAFL(There Ain't No Such Thing As A Free Lunch)というフレーズや、旧ソ連の体制を引き合いに出して行なっている。

*1:ここの「言い逃れ」とは、以前のやり取りでグレッグ君が「一つはっきりさせておこうか。僕がこのブログで他の経済学者にリンクする時は、その人の議論を聞いて考える価値があると思うからで、必ずしも賛成しているからじゃないよ。」と書いたことを念頭に置いていると思われる。

*2:これはデロングがクルーグマンについて書いたルール(1. Remember that Paul Krugman is right. / 2. If your analysis leads you to conclude that Paul Krugman is wrong, refer to rule #1.)のもじりと思われる。
ちなみにここで紹介したEconBrowserのメンジー・チンのエントリのコメント欄では、温暖化対策の消費者のコストが6800ドルというヘリテージ財団による見積もりを紹介したコメントに対し、チンが「ヘリテージの研究は読んだ。それ以上言うことはない。」という素っ気無いコメントを返している。

*3:ブックはヘリテージ財団のブログでもクルーグマンへの反論を書いている

*4:ただ、民間保険のこうした活動(もしくはその行き過ぎ)のために、本来受給すべき被保険者が難癖を付けられて受給を受けられない悲劇が起きていることは、マイケル・ムーアの「シッコ [DVD]」やジョン・グリシャムの「レインメーカー [DVD]」などでよく耳にすることではあるが…。