一昨日のエントリで取り上げたフェルドシュタインの論説では、ワックスマン・マーキー法による一般家計へのコストを年間1600ドルとしていたが、これはCBO推計値を用いている。
ところが、Econbrowserの7/4エントリでは、同じCBO推計値として、175ドルという数字が紹介されている。フェルドシュタインが用いた値の約1/10である。
何が違うのだろうか? 確認のため、実際にそれぞれの数値が示されたCBOの文書に当たってみよう。
CBOのサイトには様々な資料があるが、中でも面白いのは、CBOの現役の局長(現在はダグラス・エルメンドルフ[Douglas W. Elmendorf])がブログを書いている点である。このブログは、ある意味、CBO発表資料の目次になっている。たとえば、その気候変動カテゴリのエントリを見ることによって、CBOのこのテーマに関する公表過程を追うことができる。
そのうちの5/11エントリでは、前週に行なったという議会証言へのリンクが張られている。その中で問題の1600ドルが以下のように言及されている*1。
Without incorporating any benefits to households from lessening climate change, CBO estimates that the price increases resulting from a 15 percent cut in CO2 emissions could cost the average household roughly $1,600 (in 2006 dollars). As noted above, most of those costs reflect the value of the allowances and would appear as income somewhere else in the economy, with the specific location depending on policymakers’decisions. The increased expense would vary for individual households, depending on the amount they consume and the types of goods they purchase.
Accounting for those differences, CBO estimates that the additional cost would range from nearly $700 for the average household in the lowest one-fifth (quintile) of all households arrayed by income to about $2,200 for the average household in the highest quintile.
家計を所得で5分位に分けた場合、最低分位の家計には700ドル、最高分位には2200ドルの負担が発生し、全体の平均としては(2006年のドルベースで)1600ドルの負担が発生する、とのことである。ここではコストは排出権の価値を反映すると書かれているが、その価値は、この前段で以下のように見積もられている。
CBO estimates that, by 2020, the value of those allowances could total between $50 billion and $300 billion annually (in 2006 dollars). The actual value would depend on various factors, including the stringency of the cap, the possibility of offsetting CO2 emissions through carbon sequestration or international allowance trading, and other features of the specific policy that was selected.
500億ドルから3000億ドルと推計の幅が随分広いが、それは様々な要因が影響するから、とのことである。センサス統計によると、米国の世帯数は現在およそ1.1億とのことだから、1600ドルという数字は、中位値の1750億ドルを1.1億で割って求めたものと思われる。
一方、Econbrowserでメンジー・チンが引用した175ドルという数字は、エルメンドルフのブログでは6/20エントリに現れている。そこでリンクされているCBO分析によると、まず、排出権の価値は1096億ドルとされており、上記の中位値1750億ドルより36%切り下げられた値になっている。また、それを一世帯当たりに直した数字として、890ドルという値が示されている。これは、世帯数として1.23億という値(おそらく2020年時点の予測世帯数)を用いたことを意味している。結局、一ヶ月の間に1600ドルから890ドルへと45%も下方修正したわけだ。
この890ドルに対し、様々な形で排出権の価値が家計へ還元される結果、最終的な負担は175ドルになる、というのがここでの分析結果である*2。所得の5分位別に見ると、最上位では245ドルの負担となるが、最下位ではむしろ還元が負担を上回り、差し引き40ドルのプラスになるという。
なお、いずれの推計値にも、温暖化対策がなされたこと自体の便益は含まれていない。
ちなみに、米国環境保護庁(EPA)も4/20と6/23にワックスマン・マーキー法の経済的影響を評価したレポートを出しているが*3、家計への影響については、4/20版では98〜140ドル、6/23版では80〜111ドルと推計しており、CBOほどではないが、約2割下方修正している*4。
*1:3/13エントリではシニア・アドバイザーのテリー・ディナン(Terry M. Dinan)の議会証言へのリンクが張られているが、そこでも1600ドルという数字が出されている。フェルドシュタイン論説を紹介したEconomist's Viewでも、そのディナン証言へのリンクが張られている。
*2:先の5月の議会証言資料でも、様々な還元を考慮した場合の負担の所得割合のシミュレーションは示されていたが、実際のドルベースの値は出されていなかった。なお、フェルドシュタインが問題にした企業への無償の配布分については、この分析では、以下のようにあっさり家計への還元分に組み入れている。
"The value of the allowances received by businesses would ultimately accrue to households in the form of increased returns on their investments."
その結果、家計の負担分は、国際オフセット、国内オフセットの生産費用、資源コスト、海外への排出権価値の流出分という4つの要因からのみ成っている。
*4:Economist's Viewでは前者の値を、Econbrowserでは後者の値を引用している。なお、それぞれについて、値が低い方(98ドル、80ドル)はIGEM(INTERTEMPORAL GENERAL EQUILIBRIUM MODEL)、高い方(140ドル、111ドル)はADAGE(APPLIED DYNAMIC ANALYSIS OF THE GLOBAL ECONOMY)の結果である。両モデルについてはここに説明がある。