ハイパーインフレーションとクルーグマンモデル

サムナーブログでWCIブログでの小生とサムナー教授とのやり取りの続きをしていた際に、ハイパーインフレーションが話題になった。そこで小生は、クルーグマンの「経済がインフレ期待を作り出すために現在の価格が下がること(=デフレ)が必要」という言葉を引用し、ハイパーインフレでは「デフレ期待を作り出すために現在の価格が上昇している」との見方を示した。それと同時に、ケインズの以下の言葉を引用した。

流動性関数がどちらかの方向に平らになってしまった結果、利子率の安定性が完全に崩壊し去った最も顕著な例はきわめて異常な状況のもとで起こっている。[第一次大]戦後のロシアおよび中央ヨーロッパでは通貨恐慌あるいは通貨からの逃避が経験されたが、その場合、だれもいかなる条件によっても貨幣あるいは債権のどちらも保有しようとはせず、高い上昇的な利子率でさえ、貨幣価値がますます低下するという期待に影響されて、資本(ことに流動資本財)の限界効率と歩調をともにすることができなかった。他方、それと反対の種類の恐慌――金融恐慌あるいは破産恐慌――の起こった1932年のある時期の合衆国では、ほとんどだれもどんなに合理的な条件によっても貨幣を手離そうとはしなかった。
(出典:雇用・利子および貨幣の一般理論第15章)


それに対しサムナーから、クルーグマンの言葉は名目金利のゼロ下限を前提にしていたので、金利がどこまでも上昇できるハイパーインフレには当てはまらないのではないか、という指摘を受けた。そこで、このモデルでハイパーインフレを説明しようとするとどうなるか考えてみる。


上記の言葉をリンクした以前のエントリに記したように、クルーグマンモデルは、以下のようにまとめられる。

  1+i = (1/D)・(Y*/Y)・(P*/P)
  1+r = (1/D)・(Y*/Y)

    i:名目金利、r:実質金利、D:割引率
    Y*:将来の生産水準、P*:将来の価格水準、P:現在の価格水準
    (将来=期待ベースと考えても良い)

(Y*/Y) < Dならばr < 0
iは0以下になり得ないので、均衡のためにはP* > Pとなる必要


このモデルをハイパーインフレ経済に応用すると、そこではP*は非常に高くなることが想定されている。というのは、中央銀行が無責任かつ野放図に通貨供給を増やすと思われているので、将来の通貨供給M*が非常に高くなると考えられるが、このモデルではP*=M*/Y*であるためである*1
それでもiがそれに応じて十分高くなれば、最初の式
  1+i = (1/D)・(Y*/Y)・(P*/P)
は成立する。しかし、上で引用したケインズの言葉にあるように、iがいくら上昇しても十分でなくなる場合、
  1+i < (1/D)・(Y*/Y)・(P*/P)
となり、均衡は崩れてしまう。これは、下図のように、iに何らかの上限がある状態と考えることができる。その上限とは、人々にとってそれ以上の金利上昇が意味を持たず(∵どうせ通貨価値が低下してその効果を打ち消してしまうので)、それより上の領域がその上限金利と等価であるような金利である。

この場合、P*の上昇(もしくはDの低下)によって経済がCCからC'C'に動いた場合、(あ)点から(い)点にシフトする過程で金利上限に引っ掛かってしまう。そのため、Pが上昇して、金利上限を満たす(う)点に移動する必要がある。P=Y/Mが仮定されているので、これは現在の通貨供給をMMからM'M'に増やすことを意味する。つまり、現在の価格を上昇させてインフレ期待を先食いし、将来のハイパーインフレの芽を摘むわけである*2


ただし、等号が成立する場合、
  (P/P*) = (1/D)・(Y*/Y)・(1/(1+i))
なので、PがP*よりも高くなるかどうかは、Y*/(D(1+i))がYより高いかどうかに依存する。従って、上記で「デフレ期待を作り出すために」と書いたのは、(少なくともクルーグマンモデルの文脈では)行き過ぎだったかもしれない*3

*1:もう一つの考え方は、人々が将来を悲観してDが非常に低くなるという想定もできる。このモデルではいずれの想定を取っても結果は同じである。

*2:この結果は、デヴィッド・ローマーがAdvanced Macroeconomics(ただし小生が参照しているのは第2版)の10.2で「the monetary policy that is consistent with a permanent drop in inflation is a sudden upward jump in the money supply, followed by low growth. And, in fact, the clearest examples of declines in inflation -- the ends of hyperinflations -- are accompanied by spurts of very high money growth that continue for a time after prices have stabilized.」と書いたのと整合的である。

*3:ただ、実は上記のサムナーとのやり取りではケインズの考えが主眼だったのだが、ケインズの考えを敷衍するとデフレ期待が必要になる。というのは、ケインズ
  実物資産からの収益率+期待インフレ率=貨幣からの収益率
という文脈で考えていたので(このエントリで紹介した一般理論の第17章の記号を用いると、(q-c)+a=(l-d) )、左辺が右辺に比べて高すぎる場合、期待インフレ率をマイナスにする必要があるからである。