カナダからのブログ・貨幣のミクロ的基礎


「Canucks Anonymous」エントリ紹介シリーズの5回目。今日は5/20エントリの2つ目

貨幣のミクロ的基礎


本エントリは、前のIS-LMエントリの続きで、貨幣供給増加の効果の2つのバージョンを論じる。一つは私の見方で、大雑把に言って、キャッシュ・イン・アドバンス制約の考えに基づいている。もう一つは、Nick Roweの見方を私なりの理解で解釈を試みたものである。Nickの見方は、これも大雑把に言ってということになるが、マネー・イン・ザ・ユーティリティー関数型の定式化と言えると思う。


貨幣供給が増加したときに何が起きるか−2つのバージョン:

私のバージョン

私のバージョンでは、貨幣は、限界的には、消費財の購入を賄うためだけに保有される。ここで限界的に、と断ったのは、不意の支出に備えた予備の貨幣ストックが存在し得るからである。
そのため、実質購入をカバーするのに十分な(+予備分の)実質貨幣残高がいったん保有されると、限界的に追加された貨幣は、すべて利付き資産、すなわち債券を買うのに回される。ということで、私のストーリーでは、貨幣供給の増加は以下のような因果の連鎖によってLM曲線をシフトさせる:

  1. LM曲線上の実質貨幣残高に対する需給が均衡している点を出発点に、貨幣供給を増やしてみよう。既存の実質貨幣残高は購買欲求を賄うのに十分なほど大きいので、追加的な貨幣はすべて債券市場に流れ込み、実質金利を引き下げる。
     
  2. 引き下げられた実質金利は、例によって、消費のオイラー式を通じて消費需要を増加させる*1。価格が粘着的ならば、追加的な消費需要は生産を増加させる。
     
  3. 消費需要の増加は、追加支出を賄うための実質貨幣残高への需要を高め、再びLM均衡が達成される。

私の解釈したNickのバージョン

貨幣(=実質貨幣残高)は流動性選好を満たすために保有される。実質消費支出および不意の支出への予備分を賄うという点では上と同じであり、その意味では派生的な選好であるが、「選好」という言葉に違いが表れている。流動性選好は、滑らかに逓減する標準的な限界効用と同じように振舞う。そのため、このバージョンでは、貨幣供給の増加は以下のような因果の連鎖によってLM曲線をシフトさせる:

  1. LM曲線上の実質貨幣残高に対する需給が均衡している点を出発点に、貨幣供給を増やしてみよう。最適化されていた点では、追加的な貨幣を、そのまま保有するか、債券購入に充てるか、消費財購入に費やすかは無差別である。従って、追加貨幣の一部は消費財に回る可能性がある。追加貨幣のうち債券投資に回った分については、私のバージョンと同じ論理が働く。しかし、消費財に回った分については、総需要を直接に増加させる(特に、現在のように金利がゼロに到達していれば、追加貨幣はすべて消費財に回る)。そこで、追加貨幣がすべて消費財に回った場合に何が起きるか見てみよう:
     
  2. 粘着的な価格のもとでは、消費需要の増加は生産の増加をもたらす(名目金利がゼロに張り付いていない通常時には、その将来に比べた現在の生産増加分は、消費のオイラー式を通じて実質金利を引き下げる)。
     
  3. 流動性の罠に嵌っていない時の)実質金利の低下は、実質貨幣残高の保有コストが低くなることを意味するので、通常の限界効用と限界費用の均等化の論理が働き、実質貨幣残高への需要が増加する。実質貨幣残高への需要の増加分が、追加された貨幣供給に見合うことにより、均衡が取り戻される。


2つのストーリーの基本的な違いに注意しよう。私のバージョンでは、貨幣供給の増加から総需要の増加への経路は、金利低下に完全に依存していた。従って、私のストーリーでは、名目金利がゼロに達すると、総需要を増加させる方法は、期待インフレを上昇させて実質金利を下げる以外にない。Nickのバージョンでは、名目金利がゼロの場合、貨幣供給の増加は直接に総需要を増加させる。

*1:消費のオイラー式は、
 今日の消費の限界効用=明日の消費の限界効用×(1+金利
なので、金利が下がると右辺が減少する。そのため、左辺も減少させるために今日の消費が増加する(∵限界効用逓減の法則)。