サックスとマラリア

昨日のエントリに頂いたコメントを読んで、サックスが考えているマラリア対策について少し調べてみたので、簡単にまとめておく。


kmori58さんは、「薬を塗った蚊帳は効果的ですが、高価なのですべてのアフリカ人に行きわたらせるのは難しい」と書かれたが、サックスはまさにそれをやろうとしているようだ。
彼のコロンビアのHPにマラリアに関するサイトがあるが、そこに掲載されている「10ドルの解決策(The $10 Solution)」と題された2007/1/4TIME寄稿記事では、諸経費込みで蚊帳1枚当たり10ドルという数字を示している。その上で、蚊帳以外の医薬品なども含めたマラリア抑制の年間費用を、アフリカ人一人当たり4.5ドル(注:蚊帳は5年もつことを前提にしている)、総額30億ドルと見積もっている。
つまり、先進国国民10億人が一人3ドル、スターバックスのコーヒー一杯分を出せば良い、というのが彼の計算である。あるいは、ウォール街のボーナス240億ドルの12.5%に過ぎない、ということも書いている(…そう書いた時は今日の事態はさすがに予測していなかっただろうが)。


また、日経エコロミーの昨年11月26日記事では、この蚊帳を製造している住友化学の担当者のインタビューが掲載されているが、そこでは以下のエピソードが紹介されている。

「国連は10年までの目標を達成するため、5歳以下の子供と妊婦の60%を蚊帳の中で寝かせるとしていたが、米コロンビア大学の経済学者、ジェフリー・サックス教授が『100%を蚊帳の中で寝られるようにすべきだ。必要な経費は米国防総省が使う1日分の戦費に過ぎない』と主張して、一気に動きが加速した」


なお、蚊帳についてnanashiさんは昨日エントリで「日本人の開発思想の勝利」とコメントされていたが、上記の日経記事を読むと、確かに国連のマラリア対策の蚊帳は日本製(住友化学の商品名「オリセットネット」)が主力になっているようだ。他にも、タンザニア日本大使館のサイトで以下のような記述があった。

最近もっとも注目され大きな効果を上げているのが、防虫剤を練り込んだ合成樹脂を原料として糸を作りそれで織った蚊帳(insecticide treated net)の普及です。・・・そうした蚊帳の中でも、日本の住友化学の技術で開発されたものは防虫効果がすぐれているだけでなく、その効果も他の蚊帳が2年程度なのに5年以上持続するとして高く評価されています。

http://www.tz.emb-japan.go.jp/arekore3_j.html


さらに、この件についてサックスが日本の首相に直に協力を求めたという話も見つかった。

サックス教授より、マラリア予防に関して、日本は蚊帳の技術において世界のリーダーである旨の発言があり、福田総理より、この分野でも協力を強化していきたい旨応じた。

外務省: 福田総理大臣とジェフリー・サックス・コロンビア大学教授との会談


そのほか、東京大学法学部教授で前国連次席大使の北岡伸一氏にサックスが協力を求めたエピソードもあった。

2005年早春、ケニアのナイロビに滞在していたジェフリー・サックス教授(コロンビア大学)からニューヨークの夫・北岡伸一に電話がありました。国連事務総長の特別顧問で、国連のミレニアム開発目標Millennium Development Goals--MDGs)のレポート執筆者であるサックス教授は、21世紀の開発目標を達成する(世界の最貧困を半減する)ための最大の課題はアフリカである、と説いていました。

貧困の原因は、第一にエイズ、次がマラリアだということです。エイズ問題の解決は複雑・困難ですが、マラリアは蚊帳の普及でかなりの程度予防することが可能です。その蚊帳は日本のS社製品が世界一の品質ですが、供給が足りなすぎる、何とかできないか?と彼は訴えてきました。驚いたことに蚊帳は原価5ドル程度で作れるというのです。蚊帳は5年間使用可能なので、一張で少なくとも一人の子供が5年に亘って、安心して睡眠をとることができるでしょう。

http://millenniumpromise.jp/message/message.html

北岡伸一・鈴木りえこ夫妻は、その後、サックスが自ら設立したNPOミレニアム・プロミスの日本代表に就任している(上記文章もそのサイトの鈴木りえこ理事長のメッセージの一部)。


なお、昨日エントリのコメントではDDTも話題になったが、それについてサックスは以下のようなことを書いている。

Efforts at malaria control in the 1950s and 1960s successfully used the insecticide DDT and the medicine chloroquine to eliminate the disease in many temperate and sub-tropical regions. But malaria persisted in the tropics and especially in Africa, where the intensity of transmission is the world’s highest for ecological reasons. Africa pays a fearful price for its ongoing malaria burden, not only in more than one million deaths each year but also in significantly reduced economic growth.

Until very recently, things were getting worse, not better. The malaria parasite became widely resistant to chloroquine. Confusion over DDT’s prudent anti-malaria application (sprayed as a thin film on the inside walls of houses) and its function as an insecticide in open fields (which is environmentally unsafe and promotes resistance) also curtailed use of the chemical.

http://www.scientificamerican.com/article.cfm?id=ending-africa-malaria-deaths-extended

(拙訳)1950年代と60年代のマラリア抑制の努力は、殺虫剤DDTと薬品クロロキンの使用によって多くの温帯や亜熱帯地域で撲滅に成功した。しかしマラリアは熱帯、特にアフリカで残り続けた。そこでは、環境要因により感染力が世界で最も強いのだ。アフリカは、毎年100万人以上の死者という形だけではなく、非常に抑えられた経済成長という形で、マラリアの重荷に対し恐るべき代価を払い続けている。
つい最近まで、事態は良くなるどころか悪くなる一方だった。マラリア寄生虫は広い地域でクロロキンに抵抗力を付けた。DDTの対マラリアとしての慎重な使用(家の内壁に薄い膜としてスプレーする)と野外での殺虫剤としての使用(環境に良くない上に寄生虫に抵抗力を与える)を混同したことも、化学物質の使用の削減につながった。

DDTに対するこの認識は、kmori58さんの見解と共通しているように思われる。