ガイトナー・プットの定式化・補足

昨日のエントリをいったん更新した後、ちょこまか間違いを修正したり追記したりしていたが、そのうち一つ大きな間違いに気づいたので、それについてはエントリを改めてここに訂正を記述する。

大きく間違っていたのはこの文章(元エントリでは取り消し線で削除済み)。

注意すべきは、数式上は、こうして算出されたブレーク・イーブン買取価格が、必ずしもE[P]より高くなるとは限らないということだ。例えばクルーグマンの数値例でP2=50ではなくP2=125ならば、E[P]=137.5となり、E[P]の方が高くなる。クルーグマンは買取価格と真の価格の差額を、不良債権を売却した金融機関への補助金と表現したが、この場合はむしろ金融機関は損をすることになる。
まあもちろん、ダウンサイドリスクがそれだけ小さければ、そもそも今般の問題は発生していないだろうが…。

ここではP2=125という数値例を挙げたが、これはそもそもPの閾値である(1-α)Pb=0.85×130.43=110.87を上回っているので、例として不適切だった。というのは、昨日のエントリでは、P1とP2に関する前提として、
  P1 > P2
しか書かなかったが、きちんと書くならば
  P1 ≧ (1-α)Pb > P2
とすべきだからである(ただしここでPbはブレーク・イーブン買取価格)。
Pの2状態(P1、P2)と、Pの確率密度関数との関連付けがきちんと満たされるためには、この大小関係の成立が必要条件になる(なお、Pの2状態モデルと確率密度関数との関連付けについては、昨日エントリで後から追加した注に記述したので、そちらを参照のこと)。


そして、この条件下では、E[P]の方がブレーク・イーブン買取価格より高くなることはあり得ない。そのことは以下の式変形から明らかとなる。
\begin{eqnarray}E[P]-P_b&=&(p_1P_1+(1-p_1)P_2)-\frac{p_1}{p_1+\alpha (1-p_1)}P_1\\&=&p_1P_1(1-\frac1{p_1+\alpha (1-p_1)})+(1-p_1)P_2\\&=&p_1P_1(-\frac{(1-\alpha)(1-p_1)}{p_1+\alpha (1-p_1)})+(1-p_1)P_2\\&=&(1-p_1)(P_2-\frac{(1-\alpha)p_1}{p_1+\alpha (1-p_1)}P_1)\\&=&(1-p_1)(P_2-(1-\alpha)P_b)\end{eqnarray}
前提の(1-α)Pb>P2より、この式の値は必ずマイナスになる。よってブレーク・イーブン買取価格Pbは必ずPの期待値E[P]よりも高くなる。


もし仮にP2≧(1-α)Pbとしてしまうと、Pは2状態のいずれにおいても必ず(1-α)Pb以上となり、事実上2状態モデルではなく1状態モデルに縮退してしまう。即ち、p1P1+(1-p1)P2を改めてP1と置き、p1=1とすることに等価となる。この場合、E[P]=Pb=P1となり、ダウンサイドリスクは存在せず、価格は一意に確定し、金融機関は買取により損も得もしない。
換言すれば、このp1=1という状態は、つまりは市場が正常かつ効率的に価格発見機能を果たしている状態にほかならない。その場合はガイトナー・プットが介在する余地はない*1


さらに付言すると、現在考えている2状態モデルの枠組みでは、p1=0にはなり得ない。その場合、P1=Pb=0となるが、同時にP1≧(1-α)Pb>P2の前提を満たす価格P2が確率1で成立することになるという矛盾が生じてしまうからである。
見方を変えれば、p1=0は、市場が崩壊して値が付かない状態に対応する、という言い方もできる。この場合はどう頑張っても市場は成立しないので、上とは逆の意味で、やはりガイトナー・プットが介在する余地はない。

*1:そもそもα=1(全額自己資金i.e.ノンリコースローン無し)とするとp1=1となる。