リージョンコードは誰のせい?

マシュー・イグレシアスのブログに面白い話が紹介されていた。
ゴードン・ブラウン英首相が訪米した時、手土産としてHMS Gannetの木材から製作されたペン立てを贈ったが、オバマがブラウンに贈ったのはDVDセットだったという。しかもそのDVDはリージョンコードが北米だったので、ブラウンが見ようとしても見られなかったというオチが付いたとの由*1


ちなみに、DVDのリージョンコードといえば、小生は以前、これに関する野口悠紀雄氏の週刊ダイヤモンド記事を、氏のサイトのフォーラムで以下のように批判したことがある。

「超」整理日記『DVDに見る日本の高物価体質』(2005-01-15)で野口先生はDVDのリージョナルコードが日本の映画産業保護のため設定されたような書き方をされていますが、これは事実誤認ではないでしょうか? DVDのリージョナルコードは、ハリウッドがDVDのメーカに要請して設定した、というのが通説になっています。これは、米国本国で先に公開された映画のDVDが、これから公開される国に流れるのを防ぐためと言われています。
むしろ、フランスや韓国のように米国映画の公開を制限している国に比べれば、日本映画は同じ土俵で良く戦っていると思います。最近は「リング」「Shall We Dance」のように逆上陸している映画もあることを考えれば猶更です。
正直言って、この回の内容は、野口先生の浜田先生に対する評価ではないですが、「事実無根の批判」であり、「日本映画の名誉を著しく毀損し、また日本映画の活動に対して著しい妨害行為となるもの」という気が致します。

http://www.noguchi.co.jp/bbs/super3/forum.cgi?mode=allread&pastlog=0004&no=3125&page=0&act=past#3125


批判の対象とした野口氏の記述は以下の通り(同フォーラムの他の投稿者の引用より孫引き)。

これらは、歴史的経緯によって生じた、やむをえぬ差である。しかし、DVDのリージョナルコードは、これらとはまったく異なるものだ。それは、技術的に可能であることにわざわざ障害を設け、外国製DVDの国内流入を防ごうとする手段以外のなにものでもない。現在は日米共通であるCDについても、リージョナルコードを設けて海外盤流入を阻止しようとする動きがあるそうだ。

輸入制限による産業保護は、消費者が支払う価格を上昇させるだけではない。関連産業は保護に甘えて改革と進歩のための努力を怠り、衰退してゆく。そして、輸入制限だけでは足らず、やがて政府からの補助金を求めるようになる。こうした経緯をたどって衰退し、もはや再生の可能性すら見出し得ない産業の典型例が、農業だ。日本の文化産業も、それと同じ経路をたどりつつある。
これらの産業の国際競争力を向上させる最も有効な方法は、さまざまの面で国際競争にさらすことなのだが、DVDにおいてはまったく逆方向への動きが生じているわけだ。
それを実現するのは、輸入制限や政府の補助金などの保護政策ではない。繰り返しになるが、それらをいっさい排し、国際競争に身をさらすことだ。
映像や音楽は、文化産業のなかでは言葉の障壁の比重が比較的軽いため、本来は国際競争が生じうる分野である(だからこそ、アメリカ映画が日本の溢れている)。「リージョナルコード」などという馬鹿げた制約を撤廃することが、その第一歩である。

なぜかは分からないが、野口氏はDVDのリージョンコードは日本政府が国内の映画産業保護のために設けたと思い込み、それをそのまま文章化し、ダイヤモンド誌に掲載してしまった。だが、もちろん、リージョンコードが日本独自のものならば、今回のような英国と北米のリージョンコードの差による悲喜劇など起こるはずがない。
それに、この野口氏の考えが成立するためには、日本のメーカのみならず、ハリウッドのDVD著作権者までもが、ハリウッド映画に比べれば遥かにシェアの低い日本映画のために唯々諾々と日本政府の指導に従い、リージョンコードなる仕組みを受け入れた、という前提が必要になる。ほとんどの日本人は、原語でDVDを視聴する語学力は無いので、字幕もしくは吹き替えの付いた日本語版DVDを視聴するにもかかわらず、である。そうした明らかに経済的に非合理的な状況を前提として物事を論じようとするならば、少なくとももう一度事実確認をするべきであるということには、少しでも経済学的にものを考える習慣を身につけた人ならば、必ず思い至るはずである。逆に言えば、そうしたことに思い至らず、事実チェックを怠ったまま文章(しかもブログ等ではなく原稿料の対象となる全国発売の雑誌に掲載する文章)にしてしまう人は、実は根本的に経済学に向いていないのかもしれない。


この野口氏の連載はその後書籍化されたが、昔本屋で見たときは上記の文章も特に訂正されずに掲載されていた。今もそのままなのだろうか…。

*1:関連する日本語の記事はここここで読めるほか、オバマが贈ったDVDのリストがここに載っている。また、HMS Ganettのwikipedia記事にも早速ペン立ての件が記載されている(ただしお返しのDVDの件は書かれていない)。なお、HMS Gannetの姉妹船HMS Resoluteから英国がかつて米大統領に贈った机Resolute deskが製作されたという話は、この映画のネタになっているが、その映画のDVDはオバマが贈ったセットに入っていないようだ。