モノづくりはやはり必要

Economist's Viewで紹介されていたが、Dissent Magazineという雑誌のオンラインシンポジウムで、「製造業はまだ米国に必要か」というテーマが取り上げられた。その中で、経済政策調査センター(Center for Economic and Policy Research)のディーン・ベーカーが以下のようなことを書いている

  • 米国に製造業はもう必要ないという議論は馬鹿げている。米国のモノの貿易量はサービスの貿易量の3.5倍*1。たとえば今後20年間で米国の製造業が半分になり、サービスの輸入が過去10年間と同じペースで伸び続けるとすれば、サービスの輸出が年15%で成長する必要がある*2。それは過去10年間の平均成長率のおよそ2倍*3
  • しかも、サービス輸出の中で最大の割合(20%)を占める項目は旅行*4。米国産業は高度化したのでモノづくりを脱却すべし、という意見をここに敷衍すると、モノを作る代わりに外国人旅行客のシーツや枕を整え、食事を給仕し、トイレを掃除すべし、ということになってしまう。
  • サービス輸出の10%を占めているのはその他輸送費。これは輸入業者が支払う手数料や運送費である。つまり、これは輸入が増加することにより増える項目であり、かつ、輸入商品価格への上乗せという形で事実上消費者のポケットから支出されている項目である。
  • 著作権料やライセンス料は17%を占める。しかし、インターネットを初めとする複製技術の発達により、これをきちんと回収するのは年々難しくなっている。また、医薬品については、発展途上国において、パテント料か人命かというトレードオフの問題を引き起こす。
  • 金融サービスも10%を占めるが*5、昨今の情勢から考えて今後の成長は期待できまい。
  • ビジネス・プロフェッショナルサービスも20%を占める。このカテゴリにはコンピュータ関連や経営コンサルタント関連も含まれている。これは確かに高度化された分野、ハイテク分野といえるが、とはいえ、製造業の代替になると考えるのは馬鹿げている。というのは
    • サービス輸出で大きな割合を占めるといっても、GDP比率でいえば0.8%に過ぎない。今後20年間で4倍になったとしても、現行の経常赤字を埋めるには程遠いし、ましてや製造業が無くなった穴を埋めることなどできない。
    • 確かに現在はこの分野で米国は優位にあるが、それが続く保証はない。インドを初めとする発展途上国でのコンピュータサービス業の発展は端倪すべからざるものがある。それらの国の技術者は、能力的には米国と変わらないのに給与は10分の1である。しかもソフトウエアは自動車や鉄鋼と違って輸送費はゼロに近い。
  • 結局、米国が製造業抜きでやっていけるという経済学者の主張は、かつての住宅価格が永遠に上がり続けるという主張と同じくらい馬鹿げたものと言わざるを得ない。


Economist's ViewのMark Thomaは、製造業の経済に占める割合は、額で見ると、実は雇用者の割合ほど落ち込んでおらず、これは技術進歩が雇用に悪影響を与えたことを示している、と指摘している。そして、労働者の観点からすると、雇用が海外に流出したか技術進歩でただ消失したかという原因究明はあまり問題ではなく、要は仕事がなくなり、代わりとなる仕事が以前ほど良くない、という点が問題なのだ、とも指摘している*6

*1:ここではベーカーは輸出入合計量を論じている模様。cf. NIPA統計。[2010/5/11:NIPAサイトのテーブル番号変更反映(111→128)。ただし、後続の注で引用した数字のアップデートは反映していない。]

*2:先の注のNIPA統計からは次のように計算できる(単位:10億ドル)。輸入合計の過去10年間の増加1115.9(1998年)→2531.6(2008年)を20年後にそのまま延長すると13029.7となる。輸出と輸入の現在の合計比率を維持すると仮定すると、20年後の輸出は2531.6÷1860.8×13029.7=9577.2。そのうちの財貨輸出が2008年から半減するとすると、サービス輸出は9577.2−1283.1÷2=8935.7となる必要がある。これは、2008年の577.7から年14.7%の成長を意味する。

*3:先の注のNIPA統計では275.1(1998年)→577.7(2008年)の成長率は7.7%。

*4:こちらのNIPA統計で輸出入の内訳が見られる。]。[2010/5/11:NIPAサイトのテーブル番号変更反映(116→133)。]

*5:NIPA統計では金融サービスはOther private servicesにまとめられてしまっているので、国際収支統計を見る必要がある。次のビジネス・プロフェッショナルサービスも同様。

*6:cf. 関連はてぶ