誰が国債を買うのか?

昨日紹介したNick Roweのコメントは、「誰が国債を買うのか?(Who will buy the bonds?)」と題した自身の3/1エントリに付けられたものだった。このエントリで彼は、財政政策が効果を発揮するには中央銀行国債購入は不可避、という論考を行なっている。


その論考の内容を紹介する前に、それに至る彼の最近のブログエントリの流れを簡単に追ってみよう。最初は、中国(や日本)の過剰貯蓄が今回の危機を招いたのではないか、という考察を行なった2/23のエントリ。小生がここで批判的に取り上げたように、過剰貯蓄に危機の原因を求めるのは個人的には筋の良くない議論だと思うが*1、そのコメント欄でRoweは以下のようなことを書いている。

We certainly _hope_ the increasing money supply plus expansionary fiscal policy has an inflationary impact, to offset the deflationary forces of the recession. And I _hope_ that China and Japan become afraid of inflation. The proximate cause of the crisis is that everyone wants to hold USS cash and bonds, and doesn't want to buy anything else. If we can get everyone scared of inflation, they will have to start buying real assets and real goods, which is just what we want.

Put it another way: It would be good for the US, and the world, if Hillary fails. I just can't understand why she's doing that.

Hmmm. I feel another blog post welling up.

Worthwhile Canadian Initiative: A very simple macro model of the last few years

(拙訳)マネーサプライの増加と拡張的な財政政策の組み合わせがインフレ的なインパクトをもたらし、不況のデフレ圧力を解消してくれたら良いのに、と我々は願っている。そして、中国と日本がインフレを恐れてくれたら良いのに、と私は思う。皆が米国の現金と国債保有したがり、他のものを何も買いたがらなかったのが、今回の危機の一番もっともらしい原因だ。もし、皆がインフレを恐れるように仕向けられれば、彼らは実物資産や商品を買い始めるだろう。それは我々がまさに望んでいることだ。
別の言い方をすれば、ヒラリーが(中国が米国債を継続的に購入するよう説得するのに)失敗することが、米国と世界にとって良いことなのだ。なぜ彼女がああいう行動を取っているのか理解できない。
ふ〜む。そのテーマで別のエントリを立てられそうだ。


そうして立てた別のエントリが、「ヒラリーの失敗を望む(I hope Hillary fails)」と題された次の2/24エントリ。ここで彼は、中国が米国債の購入を止めた時に起きるであろう3つの事象を列挙し、いずれも好ましいものである、と論じている。

First, the price of US treasuries may fall, and the yield may rise. Quelle horreur! All this does is re-stock the Fed's magazine with new ammunition! It can buy treasuries, and force their yield down to zero again, and increase the money supply. That's an advantage!

Second, if China stops buying US treasuries, the exchange rate of the US dollar will fall against the yuan. Quelle horreur again! The demand for US net exports will rise. That's an advantage!

Third, if China stops buying US treasuries, what does it buy instead? Stocks, commercial paper, real assets, or newly-produced goods and services (whether produced in China or elsewhere). Quelle horreur again! All that means is bigger quantitative easing, and fiscal stimulus, by China, so the US doesn't have to do it. That's an advantage!

Worthwhile Canadian Initiative: I hope Hillary fails

(拙訳)第一に、米国債の価格が下落して金利が上昇するだろう。くわばらくわばら! これによってFRBの弾倉に新たな弾が装填されることになる! FRB国債を購入し、また金利をゼロまで下げて、マネーサプライを増やせる。これは良いことだろ!
第二に、もし中国が米国債の購入をやめたら、対元ドル相場は下落する。くわばらくわばら! 米国の純輸出への需要が増加する。これは良いことだろ!
第三に、もし中国が米国債の購入をやめたら、彼らは代わりに何を買う? 株式、CP、実物資産、もしくは新たに生産された商品やサービス(中国産かもしれないし、そうでないかもしれない)。くわばらくわばら! つまり中国が量的金融緩和を行い、財政刺激を行なってくれるので、米国がそうした政策を取らなくても良くなる。これは良いことだろ!


さらに、「ケインジアン経済ブロガーたちの沈黙(The silence of the keynesian econ-bloggers)」と題された2/26エントリでは(本人はこのタイトルは釣りであると断っている)、なぜ米国のケインジアンの経済ブロガーは、中国に米国債購入を説くヒラリーに対し沈黙を守っているのか、と問うている。唯一この問題について書いたのが、中国の為替操作を批判するガイトナーと中国に米国債購入を求めるヒラリーの矛盾を突いた――中国が為替操作で得たドルが米国債購入の原資になっていることを指摘した――マンキューだが、そのマンキューもどちらが望ましいかについては書いていない、との由*2


そうした過程を経て、Roweは、冒頭で触れた、財政政策が効果を発揮するには中央銀行国債購入は不可避、という論考に至っている。ここで彼は、誰が国債を買うかを心配すべきではなく、むしろ、国債の買い手がいなくなるときが、まさに財政政策が効果が発揮されるときなのだ、と主張している。というのは、国債が市中で消化されるうちはリカードの中立命題が成立するので、財政政策が効果を奏さないからである。
このRoweのリフレ的な立場については、サムナーとの共通性がコメント欄で指摘され、Roweもそれを認めている。


ただ、小生がこのRoweの一連のエントリを読んでいて気になったのは、中国など現在の大口保有者が米国債を手放す過程で起きるであろう混乱にRoweが無頓着に見えた点である。そこで、12年前の橋本ショックを引き合いに出しながら、中国に売却を迫る前にまず買い手を見つけるべきだろう、そしてそれがFRBならば、要はFRBが国債の直接引き受けをすればいいんじゃないの――日銀のように戦後のハイパーインフレという羹に懲りて膾を吹くようなことはFRBには無いだろうから――、とコメントしてみた。するとRoweから返答コメントがあり、国債の需給が崩れた時には間髪を入れずにFRBが購入するので、小生が懸念するような金利上昇や混乱は実際には生じない、そして確かに国債の直接引き受けをしても良いかもね、とのことだった。


昨日のRoweのコメント紹介では、核爆弾の喩えを面白おかしく引用したため、彼が反リフレ派という印象を与えてしまったかもしれないが、このように彼は立場的には明らかにリフレ派である。しかも事実上、Baatarismさんが引き合いに出された「高橋財政」を採用すべき(ただし高橋の名前は出さなかったが)、と述べているわけだ。

*1:残念ながらクルーグマン直近のop-ed(邦訳はこちら)でそうした議論を展開している。

*2:実はRoweのこの認識は必ずしも正確ではなく、このNYT記事2/7マンキューブログエントリ経由)でマンキューは、今は為替を問題にすべきではない、と主張している。