クルーグマンへの公開書簡

スコット・サムナーというベントレー大学経済学部教授がブログ上で出したクルーグマンへの公開書簡が話題になっている。内容は、なぜリフレ政策を支持しないのか、というもの。タイラー・コーエンが絶賛しているほか、Econlogのアーノルド・クリングも紹介している
サムナーはリフレ政策(ただしリフレという言葉自体は使っていない)を推し進めるべき理由として、以下の6つの点を挙げている。

  1. 歴史的経験
  2. 改革が容易
    • 量的金融緩和の前に、まず準備預金への付利をやめるべき。それは簡単にできる。あるいは一歩進めて、超過準備預金へのペナルティ金利を課しても良いのではないか*1
  3. 量的金融緩和
    • 皆が思っているほど手段が限られているわけではない。歴史上の有名な流動性の罠の2つの例、すなわち1930年代の米国と最近の日本においては、前者は金本位制の問題、後者は日銀が本気でインフレを目指していなかった(だからGDPデフレータが下落し続けているにも関わらず2000年と2006年に金利を引き上げた)という問題があったが、それらは今回は当てはまらない。
    • ハミルトンが提案した(cf.ここ)ように物価連動国債を購入対象にすれば、出口戦略の際の損失を抑えられる。あるいはリスク資産を対象にすれば、景気回復の際に価格上昇が見込めるかもしれない。
  4. 名目GDPもしくはCPIの水準を目標にする
    • そうした目標設定によりマネタリーベースの拡張は思ったほど発生しないどころか、むしろ縮小するかもしれない。現在の超過準備の膨張は、あくまでもデフレ対策が導入されておらず、準備預金への付利さえなされている状況で起きたものなので。
    • バーナンキ等は日銀の人々とはまったく違うという評判を得ているので、設定した目標の信頼を得ることができるだろう。
  5. 失うものがない
    • 現在のFRBの施策に比べて危険度が高いわけではない。
  6. 因果関係の取り違え
    • 銀行システムをまず修復すべき、というのは因果関係を取り違えている。確かにきっかけはサブプライムローン問題だったが、現在問題となっている資産価格の下落は、昨年の晩夏以降の名目GDPの低下が原因。

日本人としては、日銀がえらい言われようだな――というか、日本のリフレ派の日銀批判とかなり重なっている――のが目に付く。また、最後の因果関係の件については異論が多いようで、クリングが反発しているほか、コーエンもクリングのエントリへのコメントで、そこについては賛成できない、と述べている。


なお、サムナーのエントリのコメント欄では、そもそもクルーグマンがリフレ政策を支持していないという証拠はない、という指摘がなされている(…この点は日本のネット界でも良く論点になるが。例:拙ブログのこのエントリや、池田信夫氏のクルーグマンはリフレ政策を撤回したという再三の指摘)。

Mercure
1. March 2009 at 13:21
Why are you assuming that Krugman is against unconventional monetary policy? Do you have any quote?
I am a regular reader of Krugman and I think that is opinion is that unconventional monetary policy have to be tried. But he thinks that there is a very low probability that it will be effective so we need a fiscal stimulus in the same time. We can’t wait for the results of this unproven experiment before using the fiscal policy.

Are you asking him too support ONLY a monetary policy solution to the crisis?
Here’s a quote:
“Nonetheless, I guess the Fed had to try the “Bernanke twist.” And it did”
http://krugman.blogs.nytimes.com/2008/09/22/the-humbling-of-the-fed-wonkish/

(拙訳)なぜあなたはクルーグマンが非伝統的な金融政策に反対していることを前提にしているのですか? 彼がそのようなことを言ったのですか? 私はクルーグマンを良く読んでいますが、彼の意見は非伝統的な金融政策は試されるべきだというものだと思います。しかし、彼はそれが成果を上げる*2可能性は非常に低いので、財政刺激策を同時に実施すべきだと考えているのです。我々はこのまだ効果が証明されていない実験の結果を待ってから財政政策に乗り出すわけにはいかないのですから。
あなたは彼に金融政策だけを危機への解決策として支持しろと言っているのですか?
これが彼の言葉です:
「とはいうものの、FRBは“バーナンキ・ツイスト”を試すべきだったとは思う。そして実際に彼らは試したのだ。」*3
http://krugman.blogs.nytimes.com/2008/09/22/the-humbling-of-the-fed-wonkish/

これに対しサムナーは、以下のように回答している。

Mercure, I don’t have the same impression, but perhaps I need to look more closely at his recent posts. The ones I read seemed to suggest that nothing more could be done with monetary policy, that not only was the view that more money could help now discredited, but that Friedman and Schwartz’s view that more money could have helped prevent the Depression was also discredited. I admit that I don’t read all his posts, so I will check out whether I have misinterpreted his views.

(拙訳)Mercure、私はあなたと同じ印象を持っていないが、彼の最近のエントリをもっとよく読んだ方が良いのかもしれない。私が読んだ範囲で彼が言っていたのは、金融政策でできることはもう何も無い、マネーを増やせば経済の助けになるという考えが信用を失っただけでなく、もっとマネーを増やしていれば大恐慌は防げたというフリードマンとシュワルツの考えも信用を失った、というものだった。彼のエントリをすべて読んではいないことは認めるので、彼の考えを誤解したかどうかは確認してみる。


また、別のコメントでは以下のような指摘もあった。

Peter
1. March 2009 at 16:25
I think Paul would agree with almost everything that you said about monetary policy. I am only an undergrad economics major so my views are pretty naive, but I think his argument is that conventional monetary policy is useless in a liquidity trap which is why both unconventional monetary policy and fiscal policy should be applied. In a blog post he links to a 1998 paper where he suggested that Japan should employ price level targeting in order to bring down real interest rates when the nominal interest rate is already zero. If I remember correctly, he is fond of telling the story of Princeton economists (himself included i guess) who recognized that the US could easily become another Japan, so they decided to study and develop proposals for a situation just like the one we’re in today. This may be why he has said he was relieved that Bernanke is Fed chairman.

(拙訳)ポールは金融政策についてあなたの言ったことにほとんどすべて賛成だと思いますよ。私は経済学部生に過ぎないので、考えがナイーブかもしれないけど、彼の主張は、伝統的な金融政策は流動性の罠のもとで役に立たなくなるので、非伝統的な金融政策と財政政策を両方使うべきだ、というものだと思います。あるブログエントリでは、名目金利が既にゼロになったので、実質金利を引き下げるために価格水準目標を適用すべきだ、と日本に提案した1998年の論文にリンクしていました。私の記憶が正しければ、プリンストンの経済学者(おそらく彼を含む)は、米国が日本と同様の状況に容易に陥り得ることを認識したので、まさに我々が現在いるような状況についての研究と政策提言を進めてきたのだ、という話を彼は好んでしていました。だから彼は、バーナンキFRB議長で良かった、と言ったのだと思います。

これについては、サムナーは自身のコメント欄では特に反応していないが、その後、コーエンのエントリへのコメントで以下のように書いている。

BTW, a commenter who follows Krugman more closely than I do claimed that he already supports some of my ideas. If so, that's fine.

(拙訳)私よりクルーグマンを良くフォローしているコメント投稿者が、彼は既に私のアイディアのいくつかを支持していた、と主張した。それがそうならば、結構なことだ。


今のところクルーグマン自身からの反応はないようだ…。

*1:これはここで取り上げたスティーブ・ワルドマンの提案に同じ。

*2:effectiveと書いたのでそのまま訳したが、あるいはineffectiveと書くつもりだったのかも。

*3:cf.拙ブログのこのエントリ