実質化の罠

クルーグマンこのブログエントリで日本の2003-2007年の景気回復を取り上げ、純輸出がその景気回復のエンジンだったと述べている*1。そうした考えの問題点についてはここに書いたが、クルーグマンは実際に分析データを示しているので、それに沿って彼の議論の問題点をまとめてみる。


まず、2003-2007年の暦年ベースのGDPの伸び率と寄与度を、内閣府HPのデータ実質名目)から改めて作成してみると以下のようになる。

名目 実質
国内総生産 5.20 9.42
民間最終消費支出 1.77 2.98
民間住宅 -0.11 -0.30
民間企業設備 3.27 3.49
民間在庫品増加 0.67 0.66
政府最終消費支出 0.80 1.06
公的固定資本形成 -1.35 -1.56
公的在庫品増加 0.02 0.02
純輸出 0.13 3.21

この表とクルーグマンのグラフを比較してみると、実質GDPの伸び率は合っているが、民間消費(C)がクルーグマンのグラフではほぼ4%になっているのに対しこちらでは3%、民間企業設備(I)がクルーグマンのグラフではほぼ1.5%になっているのに対しこちらでは3.5%となっている。どうもクルーグマンは、Cに政府最終消費支出、Iに公的固定資本形成を含めてしまったように思われる*2。この期間は政府投資が減らされたため、結果的に民間設備投資の寄与度を過小評価することになり、それこそが回復の最大の推進力であったことを見落としてしまったわけだ。


また、クルーグマンが回復のエンジンと評した純輸出は、名目ベースの寄与度では、全体の伸び率5.2%のうち0.1%を占めるに過ぎない。2/12エントリに書いたように、この期間の実質純輸出の増加は、実はかなりの部分が輸入デフレータの伸びによるものだからである。


その点をきちんと示すため、実質GDPの伸びを分解してみよう。今、名目GDPをY、デフレータをDfという記号で表すとすると、
(\frac{Y_{2007}}{Y_{2003}}\frac{Df_{2003}}{Df_{2007}}-1)=(\frac{Y_{2007}}{Y_{2003}}-1)+(\frac{Df_{2003}}{Df_{2007}}-1)+(\frac{Y_{2007}}{Y_{2003}}-1)(\frac{Df_{2003}}{Df_{2007}}-1)
という関係が成り立つ。ここで左辺は実質GDPの伸び率、右辺第一項は名目GDPの伸び率、第二項はデフレータの逆数の伸び率、第三項は第一項と第二項を掛け合わせた交差項である。第一項と第二項それぞれの伸び率が小さければ、通常は第三項の交差項は無視できる水準になる。


この式を用いて、実質GDPの各項目の寄与度を、さらに名目要因とデフレータ要因に分解したのが下のグラフである。ただし、ここでは、民間最終消費支出と民間住宅をまとめてC、民間企業設備と民間在庫品増加をまとめてI、政府関係をまとめてGと表記した。また、純輸出はNXと表記した。

交差項は、純輸出以外では寄与度ベースで0.1%以下の水準となったので、ここでは記載を省略した。その半面、純輸出の交差項は上図の通り1%を超えている。これは、名目の輸出入の伸びがそれぞれ6割を超えたこともさることながら、輸入デフレータの逆数が25%も下がったことも大きい。
ちなみに円グラフにして各項目の寄与度をより分かりやすくしたのがこちら(マイナス項目のGはここでは省略)。

これを見ると、在庫を含む設備投資の名目の伸びが、この期間の成長要因として大きなウエイトを占めていたことが分かる。ただ、設備投資のデフレータの寄与分はゼロに近い。それに対し、消費ではデフレータ要因が名目要因に拮抗する水準にある。純輸出においては、デフレータと交差項の要因が大きく、名目の伸びの寄与は小さい。


純輸出の名目要因とデフレータ要因を、さらに輸出(E)と輸入(M)に分けたのが下図である。

輸出と輸入の名目要因はそれぞれ6%程度と大きいものの、純輸出ベースではお互いに打ち消しあってそれほど寄与していないことが分かる。その一方、デフレータ要因では輸入と輸出の差が大きく、それが(交差項要因と相俟って)3%の寄与をもたらしたことが分かる。

*1:ちなみにこのエントリは冒頭で、FTに取り上げられた両生類リチャード・クー氏のバランスシート論を今後の世界のロードマップとして激賞している。また、財政政策のお蔭で日本は恐慌に陥らずに済んだというクー氏の議論にも賛意を表している。なお、エントリのコメント欄にはロバート・X・クリンジリー(この本の著者)が登場し、日米の高齢化度合いの違いを指摘している。

*2:追記:Iにはおそらく民間住宅も含めている。つまり、総固定資本形成をそのまま使用したように思われる。