原点に回帰すべきか?

といっても、基本に立ち戻って何かしろ、という話ではなく、文字通り、回帰分析で原点を通る制約を課すべきか否か、という話。


クルーグマン2/4ブログエントリでインフレ率の変化幅をGDPギャップに回帰した式を示して、デフレの脅威を訴えたのに対し、knzn氏がなぜ原点回帰しなかったのか、と技術的な疑問を投げ掛けた。というのは、クルーグマンの回帰式は
   y = 0.5228 x - 0.4739
と定数項が-0.4739となっているが、これではGDPギャップが0の時でもインフレ率が下がり続けることになってしまう。また、インフレ率が変化しないためには、0.4739/0.5228と1ポイント近く過熱気味の経済運営をしなくてはならない。それは共に意味をなさない、というのがknzn氏の批判である。
実際のところ、原点回帰を行なっても、回帰係数がそれほど変わるわけではない。従って、マイナスの定数項を持つ回帰式を示したことは、通常の状態でもインフレ率が下がり続けることを含意することになり、デフレの脅威を訴える説得力を弱めることになったのでは、とknzn氏は指摘する。

ちなみに小生がクルーグマンがデータソースとして示したIMFHPからデータを落とし、Excelの散布図で、定数項有り無しのそれぞれの場合について回帰してみた結果は以下の通りである。

  • 定数項なし(knzn氏指摘反映)


このknzn氏批判に対しクルーグマン2/16エントリで反応し、使用したIMFGDPギャップでは、潜在GDPとしてHPフィルタで平滑化した値を用いているので、必ずしもゼロGDPギャップ=一定インフレ率とはならない、と説明している。HPフィルタを用いたことにより、サンプル期間のGDPギャップの平均はゼロとなるが、同期間のインフレ率は低下し続けているので、定数項がマイナスとなったのは驚くに当たらない、とのことである*1
クルーグマンは、IMFGDPギャップを使用した理由として(a)手軽に入手できた、(b)インフレ率を基準に作成されたGDPギャップを使うと循環論法に陥る恐れがある、の2点を挙げている。


だが、このクルーグマンの説明にknzn氏は納得していない。上記のエントリの追記で、さらに以下のような疑問点を挙げている。

  • クルーグマンは最初のエントリで、IMFGDPギャップから推計された回帰式に、CBO発表のGDPギャップを放り込んで、デフレの脅威を警告している。CBOGDPギャップはIMFと違い、ゼロならばインフレ率が安定するように設計されているはずである。まあ、回帰式の精度がそれほど高いわけでもないし、IMFCBOの値もそれほど違わないだろうから結果オーライかもしれないが…。
  • 循環論法についていえば、HPフィルタという全期間のデータを用いて平滑化した値を使うというのも違和感がある。その時点で判明していない未来の情報を取り込んだGDPギャップをデータとして用いていることになるので。


このようにかなり細かい議論が交わされたわけだが(クルーグマンの2番目のエントリでは、タイトルにultra-wonkishという注意書きを付けている)、ノーベル経済学賞受賞者が、匿名のブロガーの疑問にきちんと答えようとするというのは、さすがクルーグマン、さすが米国のブロゴスフィア、と言えるだろう。ただ、クルーグマンは最初のエントリで「It’s not a perfect fit — this is economics, not physics, and anyway stuff besides the output gap bounces inflation around from year to year.」と断っているので、実は、それで話が尽きているのかもしれない(…と言っては身も蓋も無いか)。

*1:knzn氏のエントリには、「Technological progress-induced deflation?」というコメントがあったが、確かにマイナスの定数項を技術進歩によるドリフトと解釈しても良いような気もする。