保護貿易主義の経済学

クルーグマンがブログの2/1エントリ2/2エントリ保護主義を正当化する経済学について考察している。ただ、彼自身は保護主義を支持するつもりはなく、単なる理論的考察であることを断っている。


2/1エントリでは、まず、12/14エントリの以下の考察を再び取り上げている。

    \frac{dY}{dG}=\frac{1-m}{1 - (1-m)(1-t)c}

    \frac{dY}{dG-tdY}=\frac{1-m}{1 - (1-m)(1-t)c - t(1-m)}

これにEUにおける実際の数値を基に、m = 0.4, t= 0.4, c = 0.5を当てはめると、

となる。これは、EUのある一国だけが財政支出をした場合に相当すると考えられる。
しかし、EUが全体で協調して財政支出をしたとすると、EU加盟国に対する輸入の漏出分はお互いに打ち消しあって無くなる。EUの域内貿易が各国に占める比率は2/3程度なので、これはmを1/3、すなわち0.4/3=0.13とすることに相当する。その場合、

となり、乗数効果は上昇する。


だが、このようにmを低めて乗数効果を高めることは、今回のバイアメリカン条項のように、財政支出増加を国内向けに限定した場合でもそのまま成立してしまう、というのが2/1エントリでのクルーグマンの考察である(PGLが指摘するように、ロドリックも既に12/4に同様の考察をしている)。


これに対し、Nick Roweが、クルーグマンは暗黙のうちに固定為替制を仮定しているが、変動為替制を仮定すれば結論は違ってくる、と反論している。
Rowe考察によれば、変動相場制で資本の移動が自由、かつ経済が通常の状態にある場合は、良く知られている通り、マンデル=フレミング則により財政支出の効果は乏しくなる(財政支出金利上昇→為替増価→純輸出減少)。
一方、現在のように経済が流動性の罠にある時は、金利は金融政策によりゼロに抑えつけられるので、マンデル=フレミング効果は働かない。その場合は、金利に差が生じないので(=自国も相手国もゼロのまま)、資本収支に変化は生じず、従って経常収支も変化しない。この場合、財政支出の効果は、特に輸入制限を掛けなくても、自動的に全額が国内に回ることになる。というのは、その一部が輸入に漏出したとしても、それに伴う外貨需要の増大のため、為替は(通常の場合とは逆に)減価し、それにより輸出が伸び、結局、純輸出の額が変わらないためである。
このケースで下手に輸入制限を掛けて輸入を減らしても、今度は為替が増価して輸出を減らすだけ、というのがRoweの主張である。その場合も、結局、純輸出の額はやはり元のまま、ということになる。


このRoweの反論を受けたのがクルーグマンの2/2エントリで、金利に差がなければ事実上固定為替制と見なして良いのではないか、と指摘している。クルーグマンの考えによれば、現在は、短期的には経常収支ではなく金利平価条件で為替相場が決まっている、という。
彼の式を再掲してその論理を追うと、次のようになる。

      i=i*+\frac{E[\Delta s]}{s}
       (i、i*は国内および海外の金利、sは為替のスポットレート)

  • 「錨」仮定(平均回帰の仮定)

      \frac{E[\Delta s]}{s}=k(\bar{s}-s) *3
       (kは定数≒0.1、\bar{s}購買力平価(PPP)などの長期の為替相場

  • 上記2式より

      s=\bar{s}+\frac{(i*-i)}{k}

今はiもi*もゼロに近いので、為替はPPPに収束しており、経常収支に影響されない、というのがクルーグマンの考えである。


なお、このクルーグマンの考えについてRoweは、PPP自体も財政支出の影響を受ける可能性は否定できないのではないか、とさらに反論している。

*1:通常良く使われる乗数は1/(1-c(1-t)+m)だが、ここでクルーグマンはmを
 Y = C0 + c(1-t)Y + I + J + G + X - mY
ではなく
 Y = (C0 + c(1-t)Y + I + J + G + X) (1 - m)
のように定義しているようだ。

*2:税金のキックバックについてはこのエントリを参照。ここでの導出は
\frac{dY}{dG-tdY}=\frac{\frac{1-m}{1 - (1-m)(1-t)c}}{1-\frac{t(1-m)}{1 - (1-m)(1-t)c}}=\frac{1-m}{1 - (1-m)(1-t)c - t(1-m)}

*3:クルーグマンのエントリでは左辺の分母のsが無いが、そうすると次の式が成立しないので、ここではこのように修正した。