タレブ VS マートン・続き

Wilmottという英国のクォンツ向け雑誌がある。
昨日紹介したタレブのハウグとの共著論文「Why We Have Never Used the Black–Scholes–Merton Option Pricing Formula」は、その2008年1/2月号に掲載されている。

また、同社のブログエリアでは、タレブ、ハウグ、トリアナといった昨日のエントリで触れた“反ブラック・ショールズ派”の面々のブログもある。


ただ、面白いのは、別にWilmottが反ブラック・ショールズ派で染まっている訳ではなく、Paul Wilmott氏自身は、ブラック・ショールズ式を擁護するエントリを書いていることである(まあ、それがある意味彼の飯の種だから、当然といえば当然かもしれないが)*1。そこで彼は、

The Black-Scholes assumptions are famously poor. Nevertheless my practical experience of seeking arbitrage opportunities, and my research on costs, hedging errors, volatility modelling and fat tails, for example, suggest that you won’t go far wrong using basic Black-Scholes, perhaps with the smallest of adjustments, either for pricing new instruments or for exploiting mispriced options.
...
The many improvements on Black-Scholes are rarely improvements, the best that can be said for many of them is that they are just better at hiding their faults. Black-Scholes also has its faults, but at least you can see them.

と書き、実務家の観点から見ても、その欠点に関わらずブラック・ショールズ式は使い勝手が良い、その欠点を改良したと称するモデルはかえって複雑になって使いにくい、と主張する。(…何だか、クルーグマンのIS-LM擁護を連想させる主張である)


また、彼は、直近のエントリでは、タレブがマートンやショールズからのノーベル賞剥奪を主張していることについて、彼らも他のノーベル賞経済学者とそれほど違うわけではない、とも書いている。ただし、それによって必ずしもノーベル経済学賞を擁護しているわけではなく、同じエントリでむしろ経済学に対する不信感を縷々と書き綴っている。曰く、そもそも経済学とは奇妙な学問で、Wilmott自身は合理的仮定の下で導かれた理論の積み重ねや複雑なモデルを信用していない、グリーンスパンが自分のモデルに欠陥が見つかったと述べたのは何をか言わんや、モデルは簡単で頑健なのが良いし、また人間行動のモデルは決して完全にはならないことを受け容れるべき、との由。


さらに、同じWilmottブログエリアでは、エマニュエル・ダーマンがより直截にブラック・ショールズ式を擁護している。短い文章なので簡単に読めるが、概略を以下に一応まとめておく。
物理学や生物学における理論は現実そのものと区別がつかないほど近いが、モデルはそうではなく、以下の公理に従う。

  1. すべてのモデルは単純化している。
  2. 良いモデルは、どこを省略化したかが明らかである。

その点からいえば、ブラック・ショールズ式は良いモデルの条件を満たしている。その省略された部分についてはモデルを使う側が気をつけるべき話で、マートンとショールズは、薔薇色の楽園を約束した覚えはない、と反論すべき。

*1:ただし、ブラック・ショールズは先に別の人間(=エド・ソープ)に発見されていたのかもしれない、という点は認めている。実際、Wilmottの創刊号ではソープをカバーストーリーにしており、彼の「発見」の経緯についての手記をその後3回に分けて連載している。Wilmottの記事を読むには会員登録が必要だが、ソープの手記については彼のHPでも読める