FRBのバランスシートはやはり心配?

以前、ブルームバーグFRBを訴えたという話を紹介したが、先週、続報が出ていた。FRBが拒否回答を出したとのこと。

The Fed responded Dec. 8, saying it’s allowed to withhold internal memos as well as information about trade secrets and commercial information. The institution confirmed that a records search found 231 pages of documents pertaining to some of the requests.

(拙訳)FRBは12月8日に、取引の秘密や商業上の情報と同様、内部メモも公開しなくて良いと考えている、と回答した。FRBは、記録を探した結果、ブルームバーグの要求に関係する231ページの文書を見つけたことを認めた。

In response to Bloomberg’s request, the Fed said the U.S. is facing “an unprecedented crisis” in which “loss in confidence in and between financial institutions can occur with lightning speed and devastating effects.”

(拙訳)ブルームバーグの要求に対して、FRBは、米国は「前例のない危機」に直面しており、「金融機関に対する、もしくは金融機関同士の間の信頼の喪失は、電光石火の速さで発生し、壊滅的な効果をもたらす可能性がある」と述べた。

ブルームバーグのこの訴訟は、FRBのバランスシートの状況について国民は知る権利がある、という動機に基づいて起こされたものだ。


また、学界では、本ブログの17日のエントリで触れたEconbrowserのジェームズ・ハミルトン(カリフォルニア大学サンディエゴ校経済学部教授)も、FRB流動性の低い金融商品を買い込んでいることに危惧を表明している。彼のその懸念は、

  1. そうした金融商品をいくら大量に買い込んでも、クレジット・リスクに影響は与えられていない。
  2. リフレ政策が首尾よく成功してインフレになった際の出口戦略を考えると、むしろFRBが買い込むのは流動性の高い金融商品の方が良い(その方が売却が容易なので)。

という見解に基づいている。少し長くなるが、16日の彼のエントリから該当部分を引用しておく。

WSJ reports this clarification on what the Fed intends from a press conference with a "senior Federal Reserve official":

Is this quantitative easing? The Fed said in its statement today that it will be using its balance sheet to support credit markets and the economy. Some analysts have called the approach quantitative easing-- effectively expanding the money supply once interest rates cannot be eased further-- as Japan did during its economic turmoil.

But the senior Fed official said the central bank's approach is distinct from quantitative easing and different from what the Japanese did. The Fed's balance sheet has two sides, the official explained: assets with securities the Fed holds (including loans, credit facilities, mortgage-backed securities) and liabilities (cash and bank reserves). Japan's quantitative easing program focused on the liability side, expanding cash in the system and excess reserves by a large amount. The Fed's focus, however, is on the asset side through mortgage-backed securities, agency debt, the commercial paper program, the loan auctions and swaps with foreign central banks. That's designed to improve credit-market functioning, the official said. By expanding the balance sheet by making loans, the official explained, the focus is not on excess reserves but on the asset side. That securities-lending approach directly affects credit spreads, which is the problem today-- unlike Japan earlier, where the problem was the level of interest rates in general, the official said.

The Fed Speaks: More on Today’s Decision - Real Time Economics - WSJ

Will that strategy succeed if we just do it on a sufficiently large scale? I'm not at all convinced that it would. Our standard finance models treat interest rate spreads as governed primarily by fundamentals such as default risk and only secondarily by the volume of buyers or sellers.

But while the Fed may have little control over the spreads between different interest rates, it does have a significant degree of control over the inflation rate. The 1.7% drop in headline CPI during November, and the -10% annual deflation rate for the last 3 months, should not be viewed as welcome developments in an environment where our primary concern is whether individuals and institutions are going to repay their debts. The Fed should want to generate enough inflation to pull those short-term interest rates above the zero floor. But to target inflation, the Fed would take exactly the opposite strategy from that outlined by the senior Fed official above. The goal would be to get cash into circulation rather than be hoarded by banks, and have the Fed's assets be ones that could be readily liquidated if the inflation starts to come in higher than desired.

http://www.econbrowser.com/archives/2008/12/quantitative_ea.html

この中で彼は、WSJで報じられたFRB高官の会見談話を引用している。そこでその高官は、今回のFRBの量的金融緩和とかつての日本のそれとの違いを説明しているが、日本が中央銀行のバランスシートの負債の側に焦点を当てたのに対し、FRBは資産の側に焦点を当てた、という表現をしている。つまり、日銀が現金や超過準備を拡大したのに対し、FRBは各種ローン購入(MBS政府保証債やCP、および、海外中銀とのローン・オークションやスワップ取引)を通じて資産を膨らませ、直接にクレジット・スプレッドの縮小を狙っている、とのことである。


この方針に対しハミルトンは懐疑的だ。金利スプレッドはデフォルト・リスクで決まるもので、売買のサイズで決まるものではない、というのが標準的な金融モデルの教えるところだからだ*1FRB金利スプレッドには影響は与えられないが、その代わり、インフレ率をコントロールできるので、今とは逆に、流動性の高い金融商品を資産に乗せていくべき、と彼は主張する。具体的な対象商品として、彼は、別のエントリで、TIPS(物価連動国債)、ドルが高くなっている国の短期債、長期国債を挙げている。
さらに、少し前のこのエントリでは、米国の国債をすべて買い上げてしまえ、それでも効き目が無ければ、そこで初めてCPに手を出せば良い(「クレジット・クランチよ、さようなら」)、それでもまだ駄目ならば、東証市場を買い占めてしまえば良い(「経常赤字問題の解決!」)と書いている。もちろんこれは冗談で、その前にインフレは生じるはず(=バーナンキ背理法の“再発見”)、従ってその時に手放し易い流動性の高い金融商品を資産を購入しておくべき、というのが彼の真意である。


裏を返せば、彼が心配しているのは、現在のように流動性の低い商品を抱え込んでいると、インフレ政策からの脱却の際にスムーズに手放せず、FRBの資産の毀損が露になり、インフレを加速させてしまうかも、という点にある。もちろん、これについては、当然、今の段階でその心配をしてどうする、という批判もあるだろう。


唐突かもしれないが、こうしたFRBの現在の各種資産購入政策とそれを巡る論議を見て小生が連想したのは、ジム・キャリーの「マスク」のラスト近くのシーンである(以下ネタバレあり)。

悪者が爆弾を仕掛けた、爆発すれば皆死んでしまう、さてどうする、というクライマックス場面で、マスクにより超人的な力を得たジム・キャリーは、その爆弾を呑み込んでしまう。彼の腹の中で爆弾は爆発するが、超人なので影響はなく、黒煙混じりのゲップをしただけで問題は解決する。
今もFRBは、普通の民間銀行にとっては致命傷となる「爆弾」をその腹に呑み込んでいるわけだが、いざそれが「爆発」した時に、ほぼ無傷で涼しい顔をしていられるのだろうか、それともハミルトンが懸念しているように制御不能の事態が生じてしまうのだろうか*2? 個人的には、シニョリッジという「マスク」を持っているので大丈夫だろう、という気がするし、バーナンキもそう思っているからこそそうした政策を遂行しているのだろうが、皆がそう考えるとは限らない。その点では、ブルームバーグの訴訟に対し、今腹の中を見せるのはご勘弁、パニックが起きてしまうから、と応じているのもまた納得できる。

*1:この点は17日のエントリで取り上げたテイラーの見方と共通している。一方、昨日のエントリで取り上げたワイルダーは、遂に影響を与え始めた、という観測をしている。

*2:楽観的な第三のシナリオとしては、資産価格の回復で思わぬ値上がり益を手にする、というケースも考えられる。その場合は、むしろ、かつての日本のNTT株放出のように資産価格バブルを煽ることのないよう注意して手放す必要が出て来よう。