バーナンキはかつて「大恐慌の真の原因を追究するのは、マクロ経済学のいわば『聖杯』である」と述べたそうだが、最近またその「聖杯」を巡る議論がかまびすしくなっている。ただし、このところの議論は、現下の状況を反映して、大恐慌の原因というよりは、それへの対応――特にルーズベルトの実施した政策――に焦点が当てられている。
Economist's Viewの6日付けエントリでそれらの議論がまとめられているが、その後に、クルーグマンも議論に参戦した。
彼は、まず8日にブログでこのテーマについて書いたのに続き、10日にはNYTコラムでも取り上げている。さらに、10日のブログではフォローエントリを立てている。
大恐慌への対応とその終息については、大まかに言って
という2つの論点があるが、特に論争の的になるのは前者である。右派の経済学者は、ルーズベルトは大恐慌を悪化させた、と主張するが、クルーグマンは、ニューディール政策は間違いなく人々を助けた、と反駁する。
ただ、同時に彼は、ルーズベルトが誤りを犯したことも認める。その誤りとは、意外にも、財政拡張策を取らなかった、という点にある。というのは、ルーズベルトは、ニューディールを実施する一方で、増税も実施しており、トータルで見ると、結果的には一般に考えられているような財政刺激策にはならなかった、という。ルーズベルトは実は財政均衡論者で、特に1938年には、財政赤字削減の試みによって景気後退を招き、危うくニューディールの成果を台無しにするところだった、とのことである。
クルーグマンがこのようにルーズベルトの政策を論じたのは、もちろん単なる学問的な興味からだけではなく、政治的な意味合いがある。つまり、オバマ政権は、ルーズベルトの成果を見習うと同時に、失敗も教訓とすべき、ということである。
具体的には、彼は、NYTコラムで、財政政策についてけちけちせずに思い切って大盤振る舞いせよ、妥当と思われる数字からさらに五割増しせよ、と提言している。その点で彼は、政策は過剰反応気味に実施する必要がある、と述べたサマーズと軌を一にしている。ただ、サマーズがどちらかというと市場心理を重視してそう提言したのに対し、クルーグマンの提言の背景には、財政刺激をやりすぎたとしてもFRBが金融政策引き締めで対応できるが、不足していたらFRBはどうしようもない(FRBは紐は引っ張れても押せない)、という危惧がある*1。
また、クルーグマンの大盤振る舞い推奨のもう一つの背景としては、第二次世界大戦という財政刺激策――10日のブログエントリではその額が潜在GDPの25%近くに達したという試算を示している――により、初めて米国経済が大恐慌から脱することができた、という彼の歴史認識がある。
だが、この論点についても経済学者間の意見が一致しているわけではない。タイラー・コーエンの11日エントリによると、クリスティーナ・ローマーを初めとして異論も多いようだ。ローマーによれば、大恐慌からの回復のほとんどの原因は、金融の拡張にあったという。もしその見解が正しいとすると、現在の危機に対する処方も、やはり財政政策ではなく、FRBにもう少し頑張ってもらわねば、ということになりそうだ。