理論経済学者のサブプライムローン対策

昨日のエントリで予告した通り、今日は住宅価格の下支えに関する話をもう一つ紹介する。取り上げるのは、イェール大学のジョン・D・ジアナコプロスと、弁護士のスーザン・コニアクのNYTでの提案マンキューブログ経由)。
ジアナコプロスは、日本のサイトではここここに簡単な紹介があるが、理論経済学では結構有名な人らしい。そういえばこのエントリで紹介したワルドマンとブキャナンが、理論経済学を巡る“論争”の中で共に彼の名前を持ち出していた。
理論経済学者とは言っても、HPこんなページを設けたりしているので、現下の金融危機に強い関心を持ち、これからもどんどん発言していくつもりのように見える。NYTの筆者紹介によると、そもそも、モーゲージ証券を扱うヘッジファンドのパートナーも務めているとのこと。また、同じくそこの筆者紹介によると、共著者のコニアク女史はボストン大学で法学の教授を務めていたとの由。


昨日紹介したキャプリンやジンガレスの案がモーゲージの債権者と債務者の再交渉に焦点を当てていたのに対し、ジアナコプロス=コニアクの提案は、そういった再交渉が可能になる制度作りに焦点を当てている。彼らによると、証券化されたモーゲージにおいては、真の債権者は証券の保有者だが、銀行が直接の債権者となっている場合と異なり、それら証券保有者は債務者と交渉することはできない、という問題がある(証券保有者の段階では、債務がプールされた上に細切れされた後なので現実的に難しいほか、法律的にも禁止されている)。
では、債務がプールされる段階の管理者、すなわちマスターサービサーが再交渉すれば良いではないか、ということになるが、以下の理由により、彼らにはそのインセンティブが無い。

  • 再交渉で成功する債務、失敗する債務が生じたら、モーゲージ証券保有者にもそれに応じて得する人、損する人、というバラツキが出る。そうすると損した人から訴えられる可能性が出てくる。それよりは、何もしない方がまし。
  • 再交渉にはコストが掛かる。債務者の支払い可能額と資産価値の再評価(しかも目下資産価値はふらついている)により、差し押さえするか再交渉するかを決める必要があるほか、そもそも悪い知らせを恐れてサービサーからの電話に出ようとしない債務者を引っ張り出すという手間もある。こういったコストも本来サービサーの手数料に含まれているはずだが、そのコストが見積もられたのは住宅ブームの最中であり、当然ながら現在の事態を想定した水準になっていない。
  • そもそもサービサーと証券の販売業者は同一であることが多い。その場合、差し押さえか再交渉かを決定した結果に対する証券保有者からの訴訟リスクがますます高まる。

そこでジアナコプロス=コニアクが提案するのは、差し押さえか再交渉かを決定する機能を、サービサーから切り離し、各地域ごとに新たに政府が任命する管財人組織(トラスティ)に移管する、というものである。そのトラスティは、どのローンがどの証券に結びついている、とか、差し押さえもしくは再交渉の結果どの証券に影響が出る、という情報からは一切遮断する。そうすれば、トラスティは、余計なことを一切気にせず、ローンの案件ごとに最適な解決策を出すことに専念できる。
また、トラスティ制度には、以下のメリットもある。

  • 政府はトラスティに(少なからぬ額を)出資することになるが、証券をいったん買い上げる費用よりは安く済む。
  • トラスティとして地元の銀行の役職者を任命すれば、金融の専門家ではない判事が判断するのに比べ、効率的で良い結果を生むと期待できる。


債権者が誰か、ということは、確かにキャプリンやジンガレスの案では明確ではなかった。彼らはおそらくサービサーを前提にしていたのだろうが、その訴訟リスクについてまでは考えていないと思われる。もちろん、キャプリン等が言うように税制を変えればSAM市場が自然に生まれて後はうまくいく、となってくれればそれに越したことは無いが、ジアナコプロス=コニアクが指摘する問題があるのであれば、それはどうも期待薄のようだ。そうなると、やはり、こうした政府出資のトラスティへの業務移管という手間が必要になるのだろう。