Play it again, SAM

以前のエントリで、「住宅価格の下支えについては、資本注入や資産買い取りに比べると、これまで経済学者から出されている意見もそれほど多くはない」と書き、その数少ない意見の一つとして、マンキューブログやEconomist's viewで紹介されたジンガレス(セイヴィング キャピタリズムの著者の一人)の提案を紹介した。


その後のマンキューブログやEconomist's Viewを見ていると、資本注入や資産買い取りの動きが取りあえず実行段階に移り始めたためか、そちらの方面の議論は一段落したように思える。その代わり、財政政策に関する議論が活発になっているほか、住宅価格の下支えに関する話もまたぽつりぽつりと出始めている。今日と明日でその議論を2つばかり紹介してみたい。

SAM(Shared Appreciation Mortgages)

一つがアンドリュー・キャプリン等が提案するSAM(Shared Appreciation Mortgages)*1。SAMというのはあまり聞いたことが無かったが、別に著者たちの発明ではなく、以前からあったものらしい。少しぐぐってみると、日本語の文献として駒井慶応大学教授の論文が見つかったが、それによると1970年代に開発されたとのことで、ここでは「増価共有ローン」と訳されている*2

キャプリン等のSAM案は、ブルッキングス研究所ハミルトン・プロジェクトの一環として提案されたもので、ペーパーのほか、提言概要(Policy Brief)も用意されている。
内容的には、マンキューが「This is like Zingales's Plan B」と書いているように、基本的にはジンガレス案と同じ。つまり、債務と金利を減免してもらう代わり、最終的に不動産を手放す時に、値上がり益の一部を債権者に渡す、というものだ。

最終的に不動産を手放す時、とは随分気の長い話だな、と思ったら、キャプリン等もその点は気にしたようで、SAMに以下の変更を盛り込んだSAMANTHA(a SAM with A New Treatment of Housing Appreciation)という制度を併せて提案している。

  • 通常のモーゲージの期間30年に対し、期間を10〜15年と短くする。
  • 期間が長いほど債権者の取り分を増やす。

前回ジンガレス案を紹介したエントリで、その案を日本の借地権に喩えたが、その伝でいくと、このSAMANTHAはいわば定期借地権という感じか。…というより、むしろ、今の日本の定期借地権の使い勝手の悪い点を改めるヒントを提供してくれる案という方が正解かもしれない(ex. 期間を50年より短くする、今は最後に更地にして返すしかないがそれ以外に借地権割合を年々逓減する制度を設ける、等)。


キャプリン等は、その提言の中で、同時に、税制の改革を求めている。具体的には、現行制度でSAMを運用しようとすると、債権者は期限前に税金を払わねばならないが、債務者は期限まで税金控除が受けられないという非対称性があるとのこと。1990年代にベア・スターンズがSAMに乗り出そうとした時も、税制の問題にぶつかってすぐに撤退したという。そうした税制面の障害が取り除かれれば、現在の状況からしてSAM市場は自然に誕生するだろう、というのが著者たちの見解である。


なお、マンキューはこれを紹介したブログエントリで、以下の2つの疑問を投げ掛けた*3

  1. 債務者側にSAMに移行する権利を与えるのか? もしそうだとすると、差し押さえされないために歯を食いしばって利払いを続けるインセンティブが債務者から失われるのでは?
  2. 債権の減額ということで債権者の所有権を侵害する恐れはないか?

これに対するキャプリンの回答は以下の通り。

  1. 債務者ではなく債権者に権利を与える*4
  2. SAMへの移行はあくまでも自主的な変更(なので、その恐れは無い)。


また、キャプリンは、そのマンキューへの回答の中で、

The complete incentive system could be designed in a dynamic manner, adjusting as evidence of excessive use came to light.

と述べており、「走りながら作る」面があるだろうことを認めている。ただ、キャプリン等はインセンティブの問題もペーパーでいろいろと論じており、ジンガレスよりは案を深堀りしていることを伺わせる。

*1:マンキューブログEconomist's Viewの両方で紹介された。

*2:ちなみにこの駒井論文ではキャプリンの(共著)論文が3つも引用されているので、彼はこの分野では割りに知られた人のようだ。

*3:なぜジンガレス案を紹介した時に提示しなかった疑問をここでぶつけたかというと、おそらくブルッキングス研究所がリベラル系だから…というのは穿ちすぎですね、やはり。

*4:[2008/11/2追記]この点はジンガレス案と違う。ジンガレスは「Since the option to renegotiate (offered by the American Housing Rescue & Foreclosure Prevention Act) does not seem to have been stimulus enough, this re­contracting will be forced on lenders, but it will be given as an option to homeowners, who will have to announce their intention in a relatively brief period of time.(=[7月末に成立した]住宅ローン対策法案での再交渉オプションがうまく機能していないようなので、これは債権者には強制、債務者にはオプションとする――ただし債務者は比較的短期間でその意思を明らかにしなくてはならない)」と書いている。その点で、ジンガレス案の方がマンキューの提起したインセンティブや所有権の問題に抵触しそうである。