経済学者vs物理学者・続き

昨日引用した「複雑系」から、経済学者と物理学者との対話の部分をさらに引用してみる*1。残念ながら今はこの邦訳は絶版になっているようだが、この対話を紹介した部分は今も読む価値があると思う。


まずは、アローが物理学者が数学に無頓着であることに驚いた話の続き。

相対性理論のように観測より理論の割合が大きい分野のことはよくわからないが、一般的な傾向は、まず計算して、つぎにそれを裏付ける実験データを見つけるということ。だから、厳密さが欠如していることはさほど重大ではない。誤りはいずれ発見されるだろうから。で、われわれ経済学のほうには、そういう質のデータがないんだ。物理学者がやるような方法でデータを生み出すことはできないんだ。われわれは小さな基盤の上でかなりのことをやらねばならない。だから、ステップ一つ一つが正しいかどうかを確かめねばならない。」

今は実験経済学が確立されつつあるから事情は変わってきている…と言えるかな!?

…物理学者たちは、<現に存在している>経験的なデータにエコノミストたちがほとんど注意を払っていないことに、戸惑いの色を見せた。たとえば、ある者は繰り返しこう問い質した。「たとえば、OPEC原油価格設定における政治的動機、株式市場における大衆心理のような非科学的影響はどうか? これまでに社会学者、心理学者、人類学者、あるいは一般の心理学者に意見を乞うたことはあるか?」。エコノミストたちは…こんなふうに答えた。「そういう非経済学的な力は少しも重要ではない」、「そういうものがいつも扱いが困難だというわけではない。実際、特別なケースではそういうものも扱っている」、そして「そういうものを扱う必要はない。なぜなら、経済的効果をとおしてそういうものは自動的に満足されているからだ」

今は行動経済学が確立されつつあるから事情は変わってきている…と言えるかな!?

不運にも、期待という問題に対するエコノミストの標準的な解決法――完全な合理性――が物理学者たちを狂わせてしまった。

「彼らはわれわれを攻撃しつづけた」と、アーサーはいう。「物理学者はエコノミストが立てている仮定にショックを受けた。エコノミストにとっての検証とは現実との照合ではなく、立てた仮定がその分野で通用するかどうか、だったのだ。ゆったりと笑みを浮かべながら、『君ら本当にそんなこと信じてるのかね?』といったフィル・アンダーソンの顔が目に浮かぶよ」
 コーナーに追い込まれたエコノミストたちはこう答えたものだ。「ああそうかい。しかし、だからこういう問題が解けるというもんだ。もしこういう仮定をしなかったら、何もできんじゃないか」
 すると物理学者たちはこうやり返した。「ああそうかい。しかしそれでどうなるっていうんだ。それが真実でなければ、君らは誤った問題を解いていることになる」
 エコノミスト集団がとくに知的な慎ましさで知られているわけではない。…彼らは、身内どうしでは、何の抵抗もなくその分野の欠点について不満を述べていた。実際アローは、結局、博識の懐疑論者を意図的に探していた。だが部外者の集団から同じことを聞こうなどと、だれが思おうか。…
 もちろん、物理学者もとくに知的な慎ましさで知られているというわけではない。…だから、もしエコノミストたちがサンタフェの会議をある種のきわどさをもって動かしはじめようものなら、ハーヴァード大学エコノミスト、ローレンス・サマーズの表現を借りれば、物理学者たちは「おれターザン、あんたジェーン」的態度でそれに応ずる――「われわれに三週間の時間をくれたらこの問題をマスターして、どうすればうまくいくかを君たちに教えてやろう」

傲慢さで知られるサマーズがジェーン扱いされたときの顔を見てみたかった、と思うのは小生だけではないだろう。


最後に、フィル・アンダースンのこの件に関する文章(昨日一部引用した)を以下に示しておく。(さすがに「経済学者に『そんなこと本気で信じてるのかね?』と訊いた」とは書いていない)

I also had developed an interest in economics via dilletantish studies in Cambridge, and was glad to help organise the global economy workshop in 1987, choosing a group of hard scientists to try to mesh with Arrow's ten economists, apparently with some success. I retain a watching interest in econ especially in pareto distributions on which I have one article and lots of acknowledgements.

http://www.physics.princeton.edu/www/jh/research/anderson_philip.html

(拙訳)私はまた、ケンブリッジで好事家として学んだ経済学への興味を深めていった。1987年のグローバル経済ワークショップでは、ハードサイエンスの科学者のグループを率いて、アローが選んだ10人の経済学者と交流し、一定の成功を収めた。特に経済学のパレート分布に興味があり、論文を一つ書いたほか、多くの研究に協力をしている。

*1:ちなみに昨日のエントリには「もうちょっとつっこめないか」という稲葉さんのブコメを頂いたが、今日のエントリは既に下書きとして用意してあったので、とりあえずそのままアップする。実は予定稿はまだあるので、期待(そもそもどの方向へのツッコミを期待されているのかいまいちピンと来ていないが)には添えないかもしれないが、2,3日はそれで食いつなぐ予定。