スティグリッツのIMF批判への反論/ロゴフ

引き続き、30日エントリで紹介した各種記事の紹介。

● Rogoff:An Open Letter to Joseph Stiglitz (2002/07/02)(リンク

当時現役のIMF職員(経済担当顧問兼調査局長)だったこのロゴフの反論は、日本のマスコミでも報じられて話題になった。この反論は、題名の通り公開書簡という形を取っている。また、30日エントリで紹介した論文ではなく、本の方への反論である。

冒頭は、やはりIMF職員の質をけなしたことへの反論から始まっている。やや感情的になっているようにも見えるが、それがかえって興味深いので、少し長いがその部分を全訳してみる。

親愛なるジョー:


 私もあなたと同じように、アメリカでトップクラスの大学*1テニュアという象牙の塔での生活を離れてワシントンに来ました。私もあなたと同じように、好きだからここに来ました。ただ、私はあなたとは違い、日々出会う世銀とIMFの職員に敬意を払っています。彼らは、発展途上国に成長をもたらし、貧困をなくすことに我が身を捧げています。週80時間働き、家族と長く離れていることに耐える、素晴らしいプロフェッショナルたちなのです。彼らの中には、ボスニアで撃たれた人、タジキスタンのつらい冬を暖房なしで何週間も乗り切った人、アフリカで致死性の熱帯病にかかった人もいます。この人たちは聡明で、精力的で、想像力に溢れています。そうした人たち対し私は頭が下がる思いを禁じ得ませんが、あなたは講演や著書で彼らを中傷することに何のためらいもなかったようですね。


 ジョー、覚えていないかもしれませんが、1980年代の終わり頃、一学期の間オフィスが隣同士になったことがありました。我々若手経済学者は、あなたのことを畏敬の念をもって見ていたものです。その時代の私の好きなエピソードがあります。それは、私があなたと我々の同僚カール・シャピロと昼食を取っていた時のことです。あなた方二人は、ポール・ボルカープリンストンテニュアを与えることに賛成すべきかどうか議論を始めました。その時、あなたは私の方を振り向いてこう訊きました。「ケン、君はFRBでボルカーと仕事をしたことがあったよな。どうなんだ、彼は本当に賢いのかい?」 私は「まあ、彼は間違いなく20世紀で最も偉大なFRB議長だ」というような返事をしました。それに対しあなたは、「しかし彼らは我々みたいに賢いのかね?」と言ったものです。私はどう反応していいのかわかりませんでした。それを口にした時、あなたは私ではなくカールの方を見ていたので。
 この話をする理由は二つあります。一つは、あなたがひとくくりに「三流」のレッテルを貼ったIMF職員−−多分あなたは世銀職員もそう見ているのだと思いますが−−が、偉大なポール・ボルカーと同じカテゴリに入っていることを知って気分が慰められるかと思うからです。もう一つは、このエピソードがあなたの大いなる自信を象徴するものだからです。あなたは自信満々でワシントンに乗り込みましたが、そこでの政策の問題は我々のどの数学モデルよりも少しばかり難しいものでした。あなたの大いなる自信は、282ページの新著に満ち溢れています。実際のところ、あなた、ジョー・スティグリッツが、実世界の主要な問題について少しでも間違っていたということを認めた例は一つも見当たりませんでした。米国の90年代の好景気に、あなたも貢献しているとのこと。しかし何かがうまくいかなかった時は、グリーンスパンFRB議長や当時のルービン財務長官のような知力の劣る連中があなたの助言に耳を貸さなかったためとのこと。

ちなみに、Wikipediaによればロゴフは1953/3/22生まれなので、スティグリッツとはちょうど10歳違い、クルーグマン(1953/2/28生まれ)とはタメ、サマーズ(1954/11/30生まれ)やサックス(1954/11/5生まれ)ともほぼ同世代ということになる。


この冒頭部の後は、より本質的な部分について3つの批判を繰り広げている。曰く、*2

  1. あなたのアイディアはIMF側が同意するものも多くあるが、それは概ね既に陳腐化したもの。大体あなたの言うことは首尾一貫していない。本も当てこすりはいっぱいあるけど、主張の裏付けとなる脚注が足りないんじゃないの?
     
  2. IMFを劇的に改善させるという青写真を出しているが、はっきりいって蝦蟇の油。財政危機の最中に財政を拡大してうまくいくと考えるのは、あなたが気取っているケインズではなく、むしろラッファーの呪術経済学じゃないですか?
     
  3. 大体あなた自身が信用に関する問題だ、と喝破した投機攻撃のさなかに、自分が働いてる機関の信用を傷つけてパニックを加速させる真似をしたのはどういうつもり? あなたが問題解決の手助けではなく、問題そのものの一部になっていたと思わない? 本当にそこまで自分が100%正しいと思っていたの? でも最近の経済学の論文は、むしろIMF側が正しかったという方向になっていますよ。


それ以外の批判は

  • IMFの行くところトラブルだらけ、と批判しているけれど、伝染病の多い地域に医者が多い、と言っているのと同じことじゃないですか?
  • あなたの主張に反して、IMFがまったく財政赤字を許容しないということはないし、最初の方針が間違ったと分かったらすぐに方向転換していますよ。
  • IMFが批判を受け付けない、というのも嘘。かくいう私が学者時代にIMFを批判したら、招かれていろいろ議論したり論文を出版したりしたのがその証拠。あなたももう少し19丁目通りを横切って世銀からIMFを訪れていてくれたら、また話が違っていたかもしれませんね。
  • ロシアについてもIMFを批判しているけど、ロシアが当時経済的だけでなく、社会的にも政治的にも危機にあったことを見落としている。理論家が論文を書く時のように扱える範囲以外は捨象する、というわけにはいかないんですよ。
  • 市場原理主義、と我々を批判するけど、我々も市場が常に完璧だと思っているわけではない。ただ、政府の失敗が市場の失敗より性質が悪いと思っています。


あとは、「事実誤認」についての指摘があるが、その中で重要なのは以下のものだろう。

p.208では、IMFのナンバー2だったスタン・フィッシャーを中傷して、シティバンク天下りを交換条件に債務交渉に協力させた、と示唆しています。ジョー、スタン・フィッシャーは非の打ち所の無い高潔な人物として有名です。この本の当てこすりや当て推量の中でも、これは最もひどいものです。回収して訂正すべきです。

デロングのこの記事を見ると、ロゴフだけではなく、少なからぬ経済学者がこれに憤激したようだ。ひょっとしたら経済学者の間では、「一流大学の三流学生」よりもこちらの方が噴飯ものだったのかも。


最後は皮肉っぽくこう締めくくっている。

ジョー、学者としては、あなたはそびえたつ天才です。同じくノーベル賞を取ったジョン・ナッシュと同様、「ビューティフル・マインド」の持ち主です。しかしながら、政策決定者としてのあなたは、学者としてのあなたにちょっと劣っていました。


上記の点を除けば、これはとても良い本だと思います。

*1:このCVによるとハーバード。

*2:以下のまとめは訳に比べてややくだけた感じになっているが、単なる小生の日本語の使い方の問題で、ロゴフ自身が語調を変えたわけではない。あと、ぐぐっていたら専門家によるまとめを見つけたので、ご参考まで。