野鴨を追い掛ける

wild-goose chaseというのは英語で無駄な追求という意味だが、その名もNicholas Wildgooseという石油トレーダーが、同僚のJames Dyerと共に、米先物取引委員会(CFTC)から相場操縦の疑いで提訴された(cf. WSJ日本語記事)。


Econbrowserでジェームズ・ハミルトンがCFTCの訴状を基にその手口を解説している*1が、それによると、要は先渡し取引(forward contract)を利用して先物取引(futures contract)の価格を吊り上げた、ということのようである。


具体的には、2008年1月8日から18日に掛けて、大量の2月限月の先渡し買い契約を結び、現物市場において需給が一時的に引き締まっているかのような状況を演出した(その購入量は460万バレルで、1月初めのクッシング市場における現物取引定量の66%に達した)。
その傍ら、1月3日から16日に掛けて、2月限月先物契約を大量に買い建てた。同時に同量の3月限月先物契約を売り建てたので、先物の2月-3月限月間のスプレッド取引を実行したことになる(取引高は各々13,600枚[=1360万バレルに相当])。
この先物スプレッド取引のポジションは1月16日から(2月限月の取引最終日の)1月22日に掛けて解消されたが、先渡し契約による演出によって2月限月の価格が3月限月に比べ相対的に高くなっていたので、反対売買によって大儲けした、というのが手口のあらましである。


さらに2人は、2月限月の先渡し買い契約の解消の際にも先物スプレッド取引を用いて儲けたという。
先渡し契約の期日は先物契約の期日の3営業日後で、2月限月の場合は1月25日であった。この1月25日に2人は現物市場で一気に460万バレルを売却した*2。それにより、市場は2月限月を押し上げていた現物需要が実際には存在しないことに気付いた。
その25日までに2人は、先物市場で今度は3月限月の売りと4月限月の買いを組み合わせた1220万バレル相当のポジションを取っていたので、そのショックに伴うスプレッドの縮小で再び利益を上げた。


2人は先渡し契約では1500万ドルの損をしたが(=自分で価格を吊り上げながら購入し、売り浴びせで下げながら売却したので当然)、先物契約では合わせて5000万ドルの利益を上げたという。


また2人は、同様の取引を3月にも繰り返したとのことである。


ただ、ハミルトンは、この相場操縦を原油価格の高騰には結び付けていない(その点でこちらの解説とは一線を画している)。というのは、彼らの相場操縦の時期には原油価格はむしろ下落していたからである*3


ちなみに2人のトレーダーの雇い主であるスイスのアルカディア・ペトロリアムは事件を全面否認しているとの由。

*1:そのエントリのタイトルは「Oil price manipulation」だが、コメント欄で「Certainly you should have titled the post "Wildgoose Chased".」と書いていた人がいたので、本エントリのタイトルにはそのアイディアを流用させてもらった。[5/29追記]gooseは鴨ではなく雁なのでこのタイトルは間違いだということに気付いたが、直すのは面倒なのでそのままにしておく。

*2:ハミルトンの訴状の解釈によると、3月にそれだけの量の原油を受け取る権利を持っていた人を探し出してきて、その人がディスカウント価格で2月に原油を受け取る、というスワップ取引を結ぶことによりその売却はなされた。

*3:ただしハミルトンは投機が原油価格を押し上げる可能性を常に否定しているわけではない。たとえばこちらのエントリではQE2による原油価格の押し上げに懸念を表明し、同エントリの「ということはあなたはこの件ではクルーグマン教授と意見が違うわけですね」というコメントに対しては一言「そうだ」と応じている。