財政の未来

と題したフェルドシュタイン記念講演(原題は「The Fiscal Future」)の原稿をマンキューがブログに上げている。そこで彼は、債務GDP比率の上昇を止めるのは以下の5つの方法しかない、と述べている。

  1. 非常な高成長
    • 最も良いパターン。今やAIやバイオテクノロジーといった新技術によって高成長の黄金時代に入った、と言う人もおり、その可能性も無くは無いが、過去数十年のインターネット革命でも経済成長が非常に高まることは無かったことや、ブルームら(2020*1)やゴードン(2016*2)の研究に鑑みると、それに賭けることは難しい。
  2. 政府の債務不履行
    • 多くの人はあり得ないと思うだろうが、1500-1800年のスペイン、1998年のロシア、2015年のギリシャ、2017年のベネズエラ、2001、2014、2020年のアルゼンチンのようにソブリンデフォルトの例は数多くある。
    • 米国でも、ハミルトン初代財務長官は独立戦争時の債務の不履行に反対したが、ジェームズ・マディソンなどハミルトン案に反対した人は部分的な債務不履行を考えていた。
    • より重要なのは、セバスチャン・エドワーズ(2018*3)によると、米国は実際に一度債務不履行している。フランクリン・ルーズベルト大統領が金本位制から離脱した時、国債の金約款を放棄して訴訟沙汰になったが勝訴した。
    • トランプがかつて債務についての経験と知識を吹聴し、債務再編したことを賢いこととして語ったこと、および2期目のトランプがオヴァートンの窓(政治の言説において受容可能とされる政策や議論の範囲*4)を拡張したがっていることも念頭に置くべし。
  3. 大規模な貨幣創造
    • 自国通貨建ての債務を抱えている国は、債権者への返済のためにいつでも貨幣を刷れるので、デフォルトする必要は決してない、と時々言われるが、それは事実であるものの、その考えを推し進める人ほどそれが心強い考えだとは思わない。
    • 歴史上、無謀な財政政策を賄うために中銀が貨幣拡張を用いてハイパーインフレーションに陥った例は数多ある。ハイパーインフレ債務不履行の一形態であるが、債務不履行のとりわけ破壊的なやり方である。
    • 財政優位の状態が必ずドイツやジンバブエのようなハイパーインフレにつながるわけではなく、最近のトルコの年間75%のインフレのようなより穏やかな事例もあるが、それでも望ましいとは到底言えない。
    • トランプが、大統領は金融政策にもっと権限を持つべき、と言っていることに注意。将来のFRBがどこまでそうした要求の多い喧嘩腰の大統領に抵抗できるかは不明なので、ハイパーインフレのシナリオは除外できない。
  4. 顕著な歳出削減
    • 多くの人は、その詳細を知るまでは、この選択肢を支持する。
    • DOGEは米国史上最大の政府職員削減の一つとなったが、ザッカーバーグのいわゆる「Move fast and break things」(素早く行動し破壊せよ)はスタートアップには良いかもしれないが、世界最大かつ最重要の政府の運営にとって正しいやり方では無かった。DOGEのやり方をどう見るにせよ、職員への報酬は連邦財政の約4%を占めるに過ぎず、財政全体への効果は限定的だった。また、政府職員の数は1950年代には非農業雇用の4.5%を占めていたが、今では2%以下であり、歴史的に高水準にあるわけではない。
    • かつてジョージ・ブッシュ政権の財務省高官であったピーター・フィッシャー*5は、連邦政府を「軍隊付きの保険会社」と呼んだが、国防予算は連邦予算の約13%を占めている。連邦支出の半分以上が社会保障と医療関係で、その割合はこれまで増えてきており、ベビーブーマー世代の退職とともに今後も上昇を続けるとみられるが、それに切り込むのは容易ではない。米国人が政府が期待していることに鑑みると、顕著な歳出削減はおそらく問題外。
  5. 大規模な増税
    • 以下の2つの理由により、これが長期的に最もありそうな結果だと考えている。
      • これ以外の4つの方法はありそうにないか、もしくは受け入れられない。少しは実現したとしても、財政政策を維持可能な経路に乗せるには至らないだろう。
      • 米国は他国に比べて税率が低い。

この後マンキューは、どれだけの増税が必要か、および増税の方策について考察し、付加価値税(VAT)を候補として検討している。

財政赤字のゴルディロックス理論 - himaginary’s diaryの最後で述べたように、マンキューの財政赤字の見方はやや守旧的に思われ、経済成長を高めることによって連邦財政赤字を減らす政策 - himaginary’s diaryで紹介したエルメンドルフのように政府による成長の押し上げについてもう少し考えても良いのでは、という気が個人的にはする。ただ、野放図な減税や財政拡大が難しいことを認識するのも重要なことであり、その点では警鐘の役割を果たしていると言えるだろう。

経済知識と公共政策への見解

というThe Journal of Economic Education掲載論文をタイラー・コーエンが紹介している。原題は「Economic literacy and public policy views」で、著者は Jared Barton(カリフォルニア州立大学チャンネルアイランド校)、Cortney Rodet(オハイオ大学)。
以下は3年前のWP(SSRN版)からの引用。

We find that men, older Americans, Americans without children, Republicans, and the more educated have higher economic literacy. Family income is unrelated to economic literacy, though Black and Hispanic Americans have lower economic literacy (including conditional on education and income). Somewhat surprisingly, economic literacy had little to do with respondents’ views: of the 26 questions on the roles and responsibilities of government and on current public policy debates, the coefficient on only four of these questions was statistically significant after controlling for covariates and correcting for multiple comparisons. Specifically, economic literacy is negatively correlated with support for more military spending and for more spending on the arts, and also negatively correlated with the belief that it is the government’s responsibility to control prices and to reduce income inequality. While one could characterize these relationships as suggesting economic literacy is correlated with holding more laissez faire political positions, for most questions the relationship was small and insignificant (and on many, the point estimate was not in line with what we would characterize as laissez faire views).
As few of the respondents’ policy views were correlated with economic literacy, there were generally few differences between “raw” policy preferences and our estimates of “fully economically literate” ones. If we examine “net favorability” (the percentage of respondents supporting/in favor of a policy less the percentage of those not in favor/opposing it), the average absolute change in net favorability (i.e., support for the policy less opposition to that policy) was 7.9 percentage points. In only one case did net favorability change sign: raw preferences for military spending exhibited 12.5 percent net support, while “fully literate” preferences exhibited -8.7 percent net support (that is, 8.7 percent more opposition than support).
These average changes, however, obscure significant political heterogeneity in the relationship between economic literacy and policy views. When we divide our sample by political party, we find that fully economically literate views of Democrats and Republicans are more divided than are their unadjusted policy views. The average divide between partisans in net favorability across our 26 questions is 45 percentage points in the raw data but grows to 85 percentage points in the estimated fully literate policy preferences. Fully economically literate preferences of both parties are (a) strongly in support or opposition to each policy, spending item, or potential responsibility of government, and (b) decisively at odds with one another on nearly every question. Indeed, on eight questions, Democrats and Republicans went from being on the same side of an issue (i.e., having the same sign net favorability) to being on opposite sides (opposite-signed net favorabilities).
(拙訳)
男性、高齢の米国人、子供のいない米国人、共和党員、高学歴の人の経済知識が高いことを我々は見い出した。家計収入は経済知識と関係していなかったが、黒人とヒスパニックの米国人の経済知識は低かった(教育と所得の条件付きの場合を含む)。やや驚くべきことに、経済知識は回答者の見解とあまり関係が無かった。政府の役割と責任、および、現行の公共政策の議論に関する26の質問において、共変量をコントロールし、多重比較を修正した後に係数が統計的に有意だったのは、それらの質問のうち4つだけだった。具体的には、経済知識は、軍事支出拡大への支持ならびに芸術に対する支出拡大への支持と逆相関しており、物価コントロールと所得格差縮小が政府の責任であるという考えとも逆相関していた。この関係を、経済知識はより自由放任主義的な政治的立場と相関していることを示す、と特徴付けることもできるが、大半の質問において関係は小さく非有意であった(そして多くにおいて、点推定は自由放任主義的な見解と特徴付けられるものと整合的ではなかった)。
回答者の政治的見解は経済知識とあまり相関していなかったため、全般的に「元の」政治的嗜好と、我々が推計した「完全な経済通の」政治嗜好*1との間にはあまり違いが無かった。「純支持」(政策を支持ないし好む回答者の割合から、政策を好まないないし反対の割合を差し引いたもの)を調べてみると、純支持(即ち、政策支持と政策反対の差)の変化の絶対値の平均は7.9%ポイントだった。純支持の符号が変わったのは一例だけで、原データでは軍事支出への純支持は12.5%ポイントだったが、「完全な経済通の」嗜好では純支持は-8.7%だった(即ち、反対が支持より8.7%多かった)。
だが、この平均的な変化は、経済知識と政治的見解の関係における顕著な政治的な異質性を曖昧にしてしまう。我々のサンプルを政党で分けると、民主党共和党の完全な経済通の見解は、調整されていない政治的見解よりも乖離していることを我々は見い出した。26の質問での純支持において、党派による平均的な乖離は、原データでは45%ポイントだったが、推計された完全な経済通の政治的嗜好では85%ポイントに拡大する。両党派の完全な経済通の嗜好は、(a)各政策、支出項目、政府の潜在的な責任について強く支持もしくは反対し、(b) ほぼすべての質問についてまったく相容れない。実際、8つの質問については、民主党員と共和党員は、その問題に対して同じ側に立つ(即ち、純支持の符号が同じ)から、反対側に立つ(純支持の符号が逆)に移行した。

以下は完全な経済通を想定する前(〇)と後(*)の乖離を示した図(濃い灰色が民主党員、薄い灰色が共和党員)。

*1:本文では推計方法を「For each policy question, we estimate an ordered probit of that question on respondents’ economic literacy, their demographic and socioeconomic characteristics, and the interaction of economic literacy and these characteristics. We then replace the respondent’s actual literacy score with a perfect score, interact this again with their characteristics, and predict each respondent’s probability distribution over the possible answers.」と説明している。

発見が生じるところ:研究機関と生命科学における基本的な知識

というNBER論文が上がっている。原題は「Where Discovery Happens: Research Institutions and Fundamental Knowledge in the Life-Sciences」で、著者はAmitabh Chandra(ハーバード大)、Connie Xu(同)。
以下はその要旨。

Fundamental knowledge in the life sciences has consequential implications for medicine and subsequent medical innovations. Using publications in leading life science journals to measure fundamental knowledge, we document large agglomerations in the institutions where it is discovered and a robust correlation between knowledge and subsequent citations in patents. We assess whether the institution where research is produced affects the output of scientists by using a scientist-mover design, which compares annual research output before and after a move for the same scientist. Between 50 − 60% of a scientist’s research output is attributable to the institution where they work, and two thirds of this effect is driven by the presence of star researchers. The magnitude of these effects has not decreased in more recent time periods, in the wake of technologies that make cross-institution collaborations easier, nor is it larger for moves to larger agglomerations, nor concentrated in particular scientific fields. We discuss the implications of these findings for research allocations in science and scientists’ leaving one institution for another.
(拙訳)
生命科学における基本的な知識は、医学ならびにその後の医学のイノベーションにとって重大な意味を持つ。我々は、生命科学の一流の学術誌への掲載を用いて基本的な知識を測定し、それが発見された機関の集積度が極めて高いこと、および、知識とその後の特許の引用との相関が頑健であることを明らかにした。我々は、研究が生み出される機関が科学者のアウトプットに影響するかどうかを、同じ科学者の移動の前後の年間の研究のアウトプットを比較する、科学者移動設計を用いて評価した。科学者のアウトプットの50-60%は、彼らが働く機関に帰することができ、その効果の2/3はスター研究者の存在によってもたらされている。こうした効果の大きさは、機関を超えた共同研究を容易にする技術がもたらされた後の最近においても衰えておらず、また、より大きな集積地への移動によって大きくなることも、特定の科学分野に集中していることもなかった。我々は、以上の発見が、科学における研究の配分と、科学者がある機関から別の機関に移ることにとって持つ意味を論じる。

優れた研究機関が大事というのは何がベル研を特別たらしめたのか? - himaginary’s diaryで紹介した論説でも述べられていたことであり、また、月ロケットの打ち上げ:公共の研究開発と成長 - himaginary’s diaryでは科学者の移動をもたらすようなビッグプロジェクトの波及効果を分析していた。その一方で、場所による科学の生産性とコスト - himaginary’s diaryで紹介したサイモン・ジョンソンらの研究は、集積度をあまりに高めても効果が乏しくなることを示している(その点については今回の論文でも、より大きな集積地への移動で生産性向上効果が大きくなることはない、という結果を報告している)。
スター研究者の存在については、科学は葬式ごとに進歩するのか? - himaginary’s diaryで紹介した研究は、スター研究者がいなくなった後にアウトサイダー的な研究者の活動が活発になる、というある意味で皮肉な事象を報告している。
科学者の移動については、海外からの科学者の流入は米科学界に損失をもたらすか? 波及効果の研究 - himaginary’s diary科学の掲載論文における中国のディアスポラ研究者の貢献と世界の科学における中国の「大躍進」 - himaginary’s diary戦争とウクライナの科学 - himaginary’s diaryでは、国境を越えた移動の影響について調べている(3番目の論文は戦争による移動というネガティブなものについてであるが)。

子供を持つことの経済学:トレンド、進歩、および課題

出生率に関するNBER論文をもう一丁。以下は、UCLAのMartha J. Baileyによる表題の論文(原題は「Economics of Childbearing: Trends, Progress, and Challenges」、ungated版へのリンクがある著者がリポストしたblueskyポスト)の要旨。

The neoclassical economics of childbearing turns 65 this year, marking the anniversary of Gary Becker’s foundational article on the subject in 1960. This review article begins with a study of how childbearing has evolved in the United States over the last century, identifying distinctive features of the post-1960 era. Next, the article discusses standard neoclassical models of childbearing and shows how augmenting them with a supply side, which includes access to and information about contraception and abortion, increases their explanatory power. After reviewing recent quasi-experimental research testing this augmented model, the final part of the article reflects upon the implications of the recent transformation in US fertility rates for women and children and suggests fruitful avenues for future research.
(拙訳)
子供を持つことの新古典派経済学は今年65年目を迎える。この件についてのゲーリー・ベッカ-の1960年の基礎論文*1の65周年ということである。このレビュー論文は、まず、前世紀に米国で子供を持つことについての研究がどのように発展したかについて述べ、1960年以降の研究に特有の特徴を明らかにする。次いで本稿は、子供を持つことについての標準的な新古典派モデルを論じ、それを避妊と中絶に関する情報などの供給面で補強すれば如何に説明力が高まるかを示す。この補強したモデルを検証した最近の疑似実験的な研究を概観した後、本稿の最終部では、最近の米国の出生率の転換が女性と子供にとって持つ意味について考え、今後の研究にとって実り多い道を示す。

Bailyは、コロナによる出生の増加:コロナ禍に対応した予期せぬ米国の出生率の増加 - himaginary’s diaryで紹介した共著論文ではコロナ禍が米国の出生に与えた影響を調べている。

論文の結論部では、未解決の問題として

  • 人口置換水準を下回る出生率への移行
  • 望まれない出産の持続
    • 2015年には、600万超の米国の妊娠のうち4割以上が、望まれるよりも早く、もしくは子供がもうこれ以上欲しくない人に生じた。その影響は、既に社会的に不利な立場にある若い女性、人種・民族のマイノリティ、シングルマザーに集中し、機会を制限してしまう。
  • 出産に影響する政策の長期的な世代間の効果
    • 出生前と幼児期における政策措置に関する経済学研究は増えているが、出生前と幼児期の環境を、性と生殖に関する医療へのアクセスを決定する政策と結び付けた研究はあまりない。性と生殖に関する健康を巡る技術と政策がどのように経済的機会、世代間の移動性、経済成長に影響するかは今後の研究にとって実り多い道。

の3つを挙げている。

なぜ高所得国で出生率がこれほど低いのか?

というNBER論文が上がっている。原題は「Why Is Fertility So Low in High Income Countries?」で、著者はMelissa Schettini Kearney(ノートルダム大)、Phillip B. Levine(ウェルズリー大)。
以下はその要旨。

This paper considers why fertility has fallen to historically low levels in virtually all high-income countries. Using cohort data, we document rising childlessness at all observed ages and falling completed fertility. This cohort perspective underscores the need to explain long-run shifts in fertility behavior. We review existing research and conclude that period-based explanations focused on short-term changes in income or prices cannot explain the widespread decline. Instead, the evidence points to a broad reordering of adult priorities with parenthood occupying a diminished role. We refer to this phenomenon as “shifting priorities” and propose that it likely reflects a complex mix of changing norms, evolving economic opportunities and constraints, and broader social and cultural forces. We review emerging evidence on all these factors. We conclude the paper with suggestions for future research and a brief discussion of policy implications.
(拙訳)
本稿は、なぜ事実上すべての高所得国で出生率が歴史的な低水準に低下したかを検討する。コーホートデータを用いて我々は、すべての観測された年齢で子供のいない割合が上昇し、完結出生児数が低下したことを明らかにした。こうしたコーホートからの観点は、出産行動の長期的な変化を説明する必要性を浮き彫りにする。我々は既存の研究を概観し、所得や物価の短期的変化に焦点を当てた期間ベースの説明では広範な低下を説明できない、と結論した。実証結果が指し示しているのは、成人の優先順位における全般的な順位替えで、その中で親であることが占める役割は減少している。我々はこの減少を「優先順位の変化」と呼び、それは、規範の変化、経済的な機会と制約の推移、および広範な社会的・文化的な力、の複雑な組み合わせを反映している可能性が高い、という説を提示する。我々はこうした要因すべてについて出現しつつある実証結果を概観する。本稿の結論では、今後の研究への提案と、政策的な含意についての簡単な議論を行う。

Kearneyの論文はシェールガス革命とDQN - himaginary’s diaryで紹介したことがあったが、一昨年には以下の本も出している。

KearneyのHPでは、結婚率の低下は米国の男女と子供の繁栄の低下をも意味していたのであり、社会として家族を強靭化して、結婚率、特に共に子供を作る男女間の結婚率を高めれば、経済的な面で全国的に家族の生活が向上する、と同書の主旨を説明している。また、専門家が知っているがあまり大声では言いたがらないこととして、片親の家庭の子供の割合が増えることは子供にも社会にも良くないことであり、両親の揃った家庭がますます一般的になることが、次世代と国家にとって極めて有益な経済的な押し上げ効果を持つ、とも書いている。保守派が喜びリベラル派が顔をしかめそうな内容だが、同ページではニューヨークタイムズワシントンポストなど各種のメディアでの書評や紹介記事も紹介している。

ワクチン、自由貿易、外国人労働者

今回は雑文。表題の3つのテーマの共通点について思い付いたことをメモしておく。

  • いずれも巨視的(マクロ的)には効用があるが、統計やニュースをきちんと追いかけている人でない限り、個人レベルでは実感しにくい。
    • ワクチンは疾病の予防効果や重症化防止効果があり、国全体や世界全体でみた感染拡大防止などに効果があるが、個人レベルでは実感しにくい。該当の疾病に感染しなかったのはワクチンのお蔭だったのかな、と後から振り返って思う程度。
    • 自由貿易も経済学原理によればマクロ経済に恩恵がある。ただ、個人が実感するのは、輸入品が安く豊富に手に入るようになった、輸出企業に勤めている人は会社が儲かっている、といったエピソード的な話で、やはり経済全体への恩恵は見えにくい。
    • 外国人労働者労働力人口の不足を補うという点で効用がある。実際に外国人労働者を雇用している人はその恩恵を実感しているかもしれないが、それ以外の人はコンビニやスーパーで外国人の店員が増えた程度の認識にとどまるだろう。
  • その一方で、マイナス面は目に付きやすい。
    • ワクチンは副作用で苦しむ人、自由貿易は国際競争に負けて廃業・失業した人や寂れた地域、外国人労働者は生活習慣の違いによるトラブルや一部の不心得者による犯罪がどうしても耳目を惹いてしまう。
  • 統計で殴ることはあまり有効ではなく、むしろ逆効果になることも。
    • そうしたマイナス面を強調する言説に対して、マイナス面はプラス面から見れば小さい、ないし統計的に非有意、という反論がしばしばなされるが、以下の理由であまり有効ではないと考えられる。
      • 統計的にゼロと差がない、というのは、ゼロ、とは違う。実際にマイナス面に直面している人が存在する限り、その人たちの不効用を無かったことにはできない。自然災害、原発事故、航空事故など、統計的に発生確率はゼロに近いが発生すると大きく報道される事象を実際に人々が目にしている以上、そうした議論が説得力を欠く面は否めない。
      • 統計的に有意になった時には既に問題が拡大して対処が困難になっていることもあり得る。その意味で統計データは当該問題についての遅行指標であり、問題には早めに手を打つべき、という説得的な一般論には対抗できない。
    • 以上の欠点を軽視して統計を反論材料に使うことは、そうした反論や統計への不信感を高め、逆効果になることも考えられる。
      • 以前読んだSF短編で、未来の高速道路で自動運転車に乗っていた人が事故に遭い、あなたが今経験した事故は非常に発生確率が低いものです、という自動音声の報告を聞きながら死んでいく、というものがあったが、そうした報告と同じように実際に一部の人に起きた現実を軽視した人情味を欠いたもの、と受け止められる恐れがある。
  • 別の手段による対策が可能、という言説を潰すのは難しい。
    • ワクチンについては、そもそもワクチンなど打たなくても病気はさして問題ない、むしろ副作用の方が大きい、という言説が根強く存在し、特にコロナ禍についてはその傾向が強い。それ以外の疾病については、民間療法を持ち出す人が時に出てくる。
    • 自由貿易については、トランプ関税にみられるように、輸入品を入りにくくして国産品を振興する、という保護貿易主義がやはり根強くある。
    • 外国人労働者については、少子化対策で国内の労働力を増やせる、という反論があり得る。
    • いずれの代替策も非常に困難ないし不可能、と科学的に反論することはできるが、クイギンのいわゆるゾンビ経済学*1クルーグマンのいわゆるゴキブリ*2のように、そうした言説は常に舞い戻ってくるものであり、完全に無くすのは難しい。

中国は本当に5%成長しているのか?

というFEDS NotesをMostly Economicsが紹介している。原題は「Is China Really Growing at 5 Percent?」で、著者はWilliam L. Barcelona、Danilo Cascaldi-Garcia、Jasper J. Hoek、Eva Van Leemput。

同レポートの最初の図では、中国のGDPが2010年代後半に過度にスムーズだったことを示している。これが著者たちが2022年に代替的なGDP指標を開発した理由だという。しかしコロナ禍以降はGDP成長率のボラティリティ普通の国と同程度に戻っている。


(実質GDPの4四半期の変化率の第一階差の5年移動標準偏差。赤色が中国、灰色が他の108か国)

また、2022年に著者たちが開発した代替GDP指標も、下図の通り、最近では公表GDPと合うようになったという。代替指標は工業生産、小売売上高、不動産市場データ、他国の中国向け輸出などの指標から共通成分を取り出して構築しているとの由。
両者を比べると、世界金融危機時の落ち込みと反動は代替指標の方が公表GDPより大きい。その後、公表GDPの成長率は極めてスムーズに推移したが、代替指標は2014-15年に5ポイント程度低下した後に反動で同程度上昇している。この時期には中国の金融安定性の問題が生じ、株式市場、資本移動、為替など金融に変動が生じたことに鑑みると、公表GDPは過度にスムーズだった、と著者たちは指摘している。しかし、コロナ禍後は両者は密接に連動している。

なお、最近の中国の不動産問題を考えれば、5%成長率でも強いと言える。その理由を探ったのが以下の図である。この図のパネル(a)によると、工業生産は武漢ロックダウン時に落ち込んだものの、回復も早く、最近はむしろコロナ禍前のトレンドを上回っている。これは、世界の需要がコロナ禍時にサービスから財にシフトしたことの恩恵を中国が受けたことが一因だという。また、ゼロコロナ政策で供給網の混乱を防いだため、上海をロックダウンした時でさえ生産にはさほど影響がなかった、と著者たちは指摘している。さらに、高付加価値部門の自立を目指した中国の産業政策も力強い生産に寄与したとの由。

対照的に、パネル(b)の消費は弱い。これは、生産を支えたゼロコロナ政策が消費には逆風となったほか、次の図に示されるように当局が3つのレッドライン政策で不動産に厳しい態度で臨んだ結果、不動産市場が低迷したことが影響している、と著者たちは言う。

中国の最近の成長は純輸出に支えられているが、貿易紛争を考えるとそれが持続可能とは考えられず、また過剰生産能力の問題に鑑みると投資の増加も期待薄である。従って5%成長を維持するためには消費を強化するほかはなく、そのことは中国政府も認識しているようだ、と述べて著者たちはこのレポートを締めくくっている。