ケインジアンとマネタリストの区別は時代遅れ

というVoxEU記事が上がっている(H/T Mostly Economics本石町日記さんツイート)。原題は「The distinction between Keynesians and Monetarists is obsolete」で、著者はCoen Teulings(ユトレヒト大)。それによると、今や新古典派ケインジアンマネタリストを共に包含する)と新オーストリア学派の区別がより有用、とのことである。

元となったSSRN論文「The distinction between Keynesians and Monetarists makes no sense anymore」では、新古典派の主張の要点として以下の7点を挙げている。

  1. ヴィクセルの中立金利が異時点間の消費取引の市場を清算する。
  2. 長期の古典的な二分法:貨幣所有を倍増させても相対価格には何も影響しない。
  3. インフレは貨幣的現象。
  4. 中銀の金利政策は予想インフレを安定化させるべき。
  5. 中銀の名目金利は中立金利の変化の原因ではなく、結果である。
  6. ヴィクセルの中立金利の低下は、より資本集約的な生産への代替を進める。
  7. その低下は、価値の貯蔵としての金融資産の価格を上昇させる。

続けて論文では以下のように記述している。

Although the details of the exact mechanism differ, this view is essentially shared by a wide diversity of macro-economists, ranging from John Cochrane from the University of Chicago, who is working in the rational expectations tradition of Robert Lucas, see Cochrane (2022), to Olivier Blanchard and Paul Krugman from MIT/Princeton, see Blanchard (2023). Despite the fierce attack of Cochrane on Blanchard on Twitter, both use essentially the same models, which are firmly based on standard micro-economic theory.
(拙訳)
正確なメカニズムに関する細部の違いはあれ、この見解は、ロバート・ルーカスの合理的予想の伝統を汲むシカゴ大のジョン・コクラン――コクラン(2022*1)参照――から、MIT/プリンストンのオリビエ・ブランシャールとポール・クルーグマン*2――ブランシャール(2023*3)参照――に至る極めて多様なマクロ経済学者で基本的に共有されている。ツイッターでのコクランからブランシャールへの熾烈な攻撃にもかかわらず、両者は基本的に、標準的なミクロ経済理論に確固として基づいている同じモデルを用いている。

これに対し、新オーストリア学派の見解と著者が呼ぶ視点について、論文では概ね以下のように解説している。

  • 一部の経済学者の見解だが、フィナンシャルタイムズの多くのコメンテーターなど金融関係のマスコミの大半がこれに追随していることにより、その重要性が大きく増している。
  • ミクロ経済学にそれほど確固として基づいているわけではないため、正確にその内容を記述するのが難しいが、以下ではそれを試みてみる。
    • オーストリア学派の見解では、中立金利をおよそ4%の固定的なものと考えている。
      • 金融関係のマスコミでは「過去10年は極めて緩和的な金融政策が実施された」という文言が頻繁に登場するが、新古典派の見解ではこの言葉は意味をなさない。というのは、新古典派の見解では中銀の金融政策の目的はインフレ予想を安定させることにあるが、2010-2020年の10年のインフレは2%目標を下回っていたからである。従って、中銀の金利はむしろどちらかと言えば高過ぎたことになる。一方、名目金利が4%の中立金利を大きく下回っていたことから、新オーストリア学派の見解では、この記述は完全に意味をなす。
    • インフレは金融政策の成功によってではなく、中国からの安価な輸入品によって低かった、というのも金融関係の報道で良く見られる記述。
      • インフレは常に貨幣的現象、と考える人にとってこの言葉は明らかに意味をなさない。
    • オーストリア学派の見解では、資本の効率的な配分を行う上で市場メカニズムは信頼できない。
      • 新古典派の見解では、最も高い付加価値を生み出す企業が生産資源を惹きつける。一方、4%の中立金利を信奉する新オーストリア学派の見解では、企業ガバナンスに関する市場メカニズムは歪んでおり、低過ぎる金利によって本来は清算されるべき非効率な企業が存続している。彼らによれば、中銀は、インフレ予想の安定化のためではなく、非効率な企業を清算するために金利を上げるべき。
      • オーストリア学派が、中銀の低過ぎる金利によって非効率な企業が存続すると見做す現象を、新古典派では、資本供給の上方ショックによる、より資本集約的な生産への代替と見做す。それにより、資金調達の均衡価格である中立実質金利が下がる。
      • この話のパラドックスは、普段は自由市場の究極の信者とされている新オーストリア学派が、2010-20年の10年間の中銀の金融政策により大きく歪められるほど金融市場が脆弱な幼子のようなものだと同時に信じているように思われることである。

また、新オーストリア学派の主張に直接に帰しているわけではないが、論文では、債務に関して良く見られる議論も以下のように指弾している。

Commentaries in the financial press, and even renowned international institutions like the IMF, often make claims like: “There is too much debt in the world. Both the private and the public sector should hold more buffers to absorb shocks and should lower their debt.” This statement is inconsistent: since the net debt of the public sector is equal to the net buffers of the private sector (households and firms), you cannot simultaneously reduce the one and increase the other.
(拙訳)
金融関係の報道での論説、およびIMFのような著名な国際機関でさえ、「世界の債務は多過ぎる。公的と民間の両部門は、ショックを吸収するためにバッファーをもっと多く保有し、債務を減らすべきである。」という主張を行う。この文章は矛盾している。公的部門の純債務は、民間部門(家計と企業)の純バッファーと等しいため、片方を減らしてもう片方を増やすということを同時に行うことはできないからである。


VoxEU記事/論文では、「Where most (though not all) economists subscribe to the Neoclassical view, most of the financial press adheres to the Neo-Austrian school.(すべてではないが)大半の経済学者が新古典派見解を支持しているのに対し、大半の金融関係のマスコミは新オーストリア学派に追随している」と記述しているが、日本では金融関係のマスコミのみならず経済学者の多くもここで言う新オーストリア学派的な見解に帰順している(少なくとも同僚の経済学者や金融関係のマスコミの新オーストリア学派な見解の誤謬を表立って指弾するようなことはせず、むしろ馴れ合うような行動すら取るが、彼らから見た「素人」の新古典派的な見解における誤謬については言葉を選ばず指弾する)ように見えなくもない。

フロアから身を起こす

というBIS論文をMostly Economicsが紹介している。原題は「Getting up from the floor」で、著者は同行のClaudio Borio。
以下はその要旨。

Since the Great Financial Crisis, a growing number of central banks have adopted abundant reserves systems ("floors") to set the interest rate. However, there are good grounds to return to scarce reserve systems ("corridors"). First, the costs of floor systems take considerable time to appear, are likely to grow and tend to be less visible. They can be attributed to independent features of the environment which, in fact, are to a significant extent a consequence of the systems themselves. Second, for much the same reasons, there is a risk of grossly overestimating the implementation difficulties of corridor systems, in particular the instability of the demand for reserves. Third, there is no need to wait for the central bank balance sheet to shrink before moving in that direction: for a given size, the central bank can adjust the composition of its liabilities. Ultimately, the design of the implementation system should follow from a strategic view of the central bank's balance sheet. A useful guiding principle is that its size should be as small as possible, and its composition as riskless as possible, in a way that is compatible with the central bank fulfilling its mandate effectively.
(拙訳)
金融危機以降、多くの中銀が金利を設定する上で潤沢な準備預金のシステム(「フロア」)を採用した。しかし、ぎりぎりの準備預金のシステム(「コリドー」)に戻るべき理由も十分にある。第一に、フロアシステムのコストは顕在化するのにかなりの時間を要し、見えにくくなる可能性と傾向が強い。それらは状況の独自の要因に帰すことができるが、実際にはその状況は相当の程度システム自身がもたらした帰結である。第二に、概ね同様の理由により、コリドーシステム適用の難しさを大いに過大評価するリスクが存在する。特に準備預金への需要の不安定さについてそうである。第三に、その方向に動くのに中銀のバランスシートの縮小を待つ必要は無い:所与のサイズについて、中銀は債務構成を調整することができる。最終的には、適用するシステムの設計は中銀のバランスシートの戦略的観点から決めるべきである。有用な指針は、中銀がその使命を効果的に達成するのと両立する形で、サイズは可能な限り小さくあるべきであり、構成は可能な限りリスクが小さくあるべきである、というものである。

本文では、ARS(=abundant reserves system)のコストは、直接的にせよ間接的にせよ、準備預金が価値の貯蔵という側面を持つことにより生じた、と主張している。特に重視すべきコストとして、以下の3つを挙げている。

  • 翌日物銀行間取引市場の崩壊
  • シグナリングを行う政策金利とそれに反応して動く市場金利というデカップリングが崩れ、超過準備への付利に銀行が反応して行動するようになったこと(これは準備預金への需要の不安定さももたらしている)による他の金利への悪影響
  • 銀行に補助金を渡していると見られることによる政治経済的なコスト

本文ではまた、準備預金をリバースレポ、中銀自身の証券、為替スワップなどで吸収する債務構成の調整*1は事前に段階的に進めるとしても、ARSとSRS(=scarce reserve systems)は共存できないため、移行そのものはビッグバン形式で一夜にして行わなければならない、とも主張している。

*1:ARSのメリットとして喧伝される金融安定性への貢献は、流動性の面での準備預金と短期国債の代替性からすると疑わしい、というのがBorioの見解である。安全資産の不足が言われるが、皆が利用できる安全資産という点でリバースレポや中銀自身の証券の方が準備預金より優れている、とBorioは指摘している。また、ARSでのモニタリング機能と取引の衰えは危機時の中銀の介入の必要性をむしろ高めるし、そもそも銀行危機の際に問題になるのは流動性不足ではなく資本の浸食である、ともBorioは指摘する。

何でもする? 条件付き政策の約束の影響

というNBER論文が上がっている4月時点のWPへのリンクがある著者の一人のサイト)。原題は「Whatever it Takes? The Impact of Conditional Policy Promises」で、著者はValentin Haddad(UCLA)、Alan Moreira(ロチェスター大)、Tyler Muir(UCLA)。
以下はその要旨。

At the announcement of a new policy, agents form a view of state-contingent policy actions and impact. We develop a method to estimate this state-contingent perception and implement it for many asset-purchase interventions worldwide. Expectations of larger support in bad states—“policy puts”—explain a large fraction of the announcements’ impact. For example, when the Fed introduced purchases of corporate bonds in March 2020, markets expected five times more price support had conditions worsened relative to the median scenario. Perceived promises of additional support in bad states persistently distort asset prices, risk, and the response to future announcements.
(拙訳)
新しい政策の声明が出ると、主体は状態依存的な政策措置と影響についての見解を形成する。我々はこの状態依存的な認識を推計する手法を開発し、世界の多くの資産購入政策についてそれを適用した。状態悪化時の大規模な支援――「政策プット」――は声明の影響の大きな割合を説明する。例えば、2020年3月にFRB社債購入を導入した際に市場は、状況が悪化した際には平均シナリオに比べて5倍の価格支援が実施されると期待した。状態悪化時の追加支援についての認識された約束は、持続的に資産価格、リスク、および将来の声明への反応を歪める。

このタイトルはもちろん2012年のドラギの有名な声明(cf. マルハナバチとしてのユーロ - himaginary’s diary)から取られたものだが、ラガルド現ECB総裁は1週間前にその言葉をパロった「Whatever it cakes!」というツイートで、ドラギ、トリシェ両元総裁の前でECB25周年のケーキに入刀している写真を上げている*1

*1:[2023/6/2追記] 25周年式典の模様はこちら(H/T Mostly Economics)。

債務と財政赤字:定常比率による財政分析

というNBER論文が上がっているungated版)。原題は「Debt and Deficits: Fiscal Analysis with Stationary Ratios」で、著者はJohn Y. Campbell(ハーバード大)、Can Gao(ザンクトガレン大)、Ian W.R. Martin(LSE)。
以下はその要旨。

We study cointegrating relationships among fiscal variables and output and use them to introduce a new measure of the government's fiscal position. In the US since World War II, we find that the primary surplus-GDP ratio and the government debt-GDP ratio are nonstationary, which invalidates standard analytical approaches that assume them to be stationary. The tax revenue-debt ratio and the government expenditure-debt ratio are also nonstationary but their difference, the primary surplus-debt ratio, is stationary, as is the tax revenue-GDP ratio. We develop a new framework for fiscal analysis that takes account of these facts. Empirically, we find that a deterioration in the fiscal position forecasts a decline in government spending over the long run. It does not forecast increases in tax revenue; nor does it forecast low returns for bondholders. Fiscal adjustment to tax and expenditure shocks occurs primarily through mean-reversion in tax and expenditure growth, with a negligible contribution from expected and unexpected debt returns. We find similar results for postwar UK data.
(拙訳)
我々は財政変数と生産の間の共和分関係を調べ、それを用いて政府の財政状態の新たな指標を導入した。第二次大戦後の米国について我々は、基礎的財政黒字GDP比と政府債務GDP比は非定常的であることを見い出した。それにより、それらが定常的であることを仮定した標準的な分析手法は無効になる。税収債務比と政府支出債務比もまた非定常的であったが、その差分である基礎的財政黒字債務比は定常的であり、税収GDP比もまたそうであった。これらの事実を取り込んで、我々は財政分析のための新たな枠組みを構築した。実証的には、財政状態の悪化から長期的な政府支出の減少が予測されることを我々は見い出した。それによる税収の増加は予測されず、債券保有者の低収益も予測されなかった。税と支出へのショックに対する財政の調整は、主に税と支出の伸びの平均回帰を通じて生じ、予測された、もしくは予測されなかった債務の収益の寄与は無視し得る程度だった。我々は戦後の英国のデータについても同様の結果を見い出した。

本文では、基礎的財政黒字債務比のゆっくりとした平均回帰は、短期的には税収の変化により生じるが、長期的には政府支出の変化により生じる、と記述されている。この結果は税収GDP比をVARモデルに入れたことに依拠しており、税収の高い伸びは税収GDP比を上昇させるものの、それによってGDPの低い伸びが予測され、最終的には税収の低い伸びも予測される、という事実を反映しているとの由(ただし、誘導型の時系列分析なので、税収GDP比の上昇が低成長率を予測するという今回の結果からは、高い税金がGDP成長率を低めるという因果関係は言えない、と断っている)。

原油価格、金融政策、およびインフレ高騰

というNBER論文をガートラーらが上げているungated(SSRN)版)。原題は「Oil Prices, Monetary Policy and Inflation Surges」で、著者はLuca Gagliardone、Mark Gertler(いずれもNYU)。
以下はその要旨。

We develop a simple quantitative New Keynesian model aimed at accounting for the recent sudden and persistent rise in inflation, with emphasis on the role of oil shocks and accommodative monetary policy. The model features oil as a complementary good for households and as a complementary input for firms. It also allows for unemployment and real wage rigidity. We estimate the key parameters by matching model impulse responses to those from identified money and oil shocks in a structural VAR. We then show that our model does a good job of explaining unemployment and inflation since 2010, including the recent inflation surge that began in mid 2021. We show that mainly accounting for this surge was a combination oil price shocks and “easy” monetary policy, even after allowing for demand shocks and shocks to labor market tightness. Important for the quantitative impact of the oil price shock is a low elasticity of substitution between oil and labor, which we estimate to be the case.
(拙訳)
我々は簡単な定量的ニューケインジアンモデルを構築し、最近の突然かつ持続的なインフレ上昇を、原油ショックと緩和的な金融政策の役割に重点を置いて説明することを試みた。モデルは原油を家計の補完財ならびに企業の補完投入として特徴付けた。また、失業と実質賃金の硬直性も許容した。我々は、モデルのインパルス応答を構造VARで識別された金融と原油のショックにマッチングさせることで主要なパラメータを推計した。次に我々は、2021年半ばに始まった最近のインフレの高騰を含め、2010年以降の失業とインフレを説明する上でモデルが良好な成績を収めることを示した。この高騰を説明する主な要因が、需要ショックと労働市場の逼迫度へのショックを許容した後においても、原油価格ショックと「緩和的な」金融政策の組み合わせであることを我々は示す。原油価格ショックの定量的な影響にとって重要なのは、原油と労働の間の代替の弾力性が低いことであり、我々の推計によれば実際にそうであった。

以下はungated版の各要因の分解図(論文では家計の割引率ショックが事実上の需要ショックとされている)。


論文では、2015-2019年に失業率が低かったにもかかわらずインフレが低かったのは、原油価格低下と「引き締め的な」金融ショックという現在とは正反対の組み合わせがあったためではないか、と考察している。

インフレは一連の不幸な出来事と原罪のどちらが引き起こしたのか、というファーマンの問いの枠組みで言えば、前者の原油価格上昇と後者の金融政策の組み合わせが主因だった、というのがこの論文が提示する回答ということになるだろう。

ジェフリー・サックスへのオープンレター

が3月20日出されていたことにデロングが最近気づき、遅まきながら署名したいと申し出ている*1
同オープンレターはウクライナ出身のYuriy Gorodnichenko(cf. ゴロドニチェンコとウクライナ - himaginary’s diary)が発起人になったもののようで、その冒頭は以下の通り。

Dear Dr. Sachs,
We are a group of economists, including many Ukrainians, who were appalled by your statements on the Russian war against Ukraine and were compelled to write this open letter to address some of the historical misrepresentations and logical fallacies in your line of argument. Following your repeated appearances on the talk shows of one of the chief Russian propagandists, Vladimir Solovyov (apart from calling to wipe Ukrainian cities off the face of the earth, he called for nuclear strikes against NATO countries), we have reviewed the op-eds on your personal website and noticed several recurring patterns. In what follows, we wish to point out these misrepresentations to you, alongside our brief response.
(拙訳)
親愛なるサックス博士、
我々は、多くのウクライナ人を含む経済学者のグループで、ウクライナに対するロシアの戦争についての貴兄の発言に愕然とし、貴兄の一連の議論における歴史認識の誤りと論理の誤謬の幾つかに対処するために、本オープンレターを書かざるを得ないと考えた者たちです。貴兄がロシアの主要な宣伝者の一人であるウラジーミル・ソロヴィヨフ(彼は、ウクライナの都市を地球上から一掃することを呼び掛けたほか、NATO諸国への核攻撃を呼び掛けました)のトークショーに何度も出演したことを受けて、我々は貴兄の個人のウエブサイト上の論説をつぶさに拝見し、繰り返される幾つかのパターンに気付きました。以下では、そうした虚偽の記述を、我々の簡単な応答も含めて貴兄に指摘したいと思います。

後続の本文では、サックスの虚偽として5つのパターンが指摘されている(以下ではサックスの記述についての指摘は拙訳、それに対するオープンレター側からの反論については概要を記述)。

  1. ウクライナ政府の否定
  2. NATOがロシアを挑発した
    • 貴兄は、NATO拡大がロシアを挑発した、ということを繰り返し強調しています(例えば、ニューヨーカーのアイザック・チョティナーの2023年2月27日のインタビューで「NATOは拡大すべきではない、それによってロシアの安全保障を脅かすからだ」)。
    • オープンレター側からの反論:ポーランド、バルト諸国、ルーマニアハンガリーチェコスロバキアは、ロシアないしソ連を侵略したことがないにもかかわらず、過去に一方的に攻撃された。それが彼らがNATO加盟を望んだ理由。ウクライナもそれらの国と同様の安全保障と平和を望んでいる。また、フィンランドスウェーデンNATO加盟申請にロシアも貴兄も文句を付けていないが、そうした扱いの差は、時代遅れの帝国主義的な「影響圏」の考えを正当化するもの。
  3. ウクライナの国家の一体性を否定
    • 2022年12月6日のデモクラシー・ナウ!のインタビューで貴兄は「ということで、私の見方では[…]クリミアは歴史的に、そして今後も、実効的に、少なくとも事実上、ロシアのものである」と述べました。
    • オープンレター側からの反論:ロシアのクリミア併合は、ブダペスト覚書、ウクライナとロシアの友好協力条約、および国際法と国連の基本原則に反するものだった。クリミアを譲ればウクライナの他の地域は平和が保たれるという暗黙の仮定を貴兄は置いたようだが、2014-2022年のクリミア支配は現在のロシアの侵攻を押しとどめる上で何ら役に立たず、むしろさらなる軍事攻撃の跳躍台となった。従って、ウクライナが全土の支配を回復することはウクライナのみならず全ての国の安全保障にとって極めて重要(侵略者に領土を与えないという教訓を強化するため)。また「ウクライナへのNATOの進出をロシアは決して受け入れない」と貴兄は述べたが、ウクライナNATO加盟の決定権は、民主的な政府を持つウクライナ自身とNATO加盟国にあり、ロシアにはない。
  4. クレムリンの和平案を推進
    • 前述の「ウクライナアフガニスタンから何を学ぶべきか」という記事で貴兄は「和平のための基盤は明確である。ウクライナは中立的な非NATO加盟国になり、クリミアは1783年以降そうであったようにロシアの黒海艦隊の母港であり続ける。ドンバスについての実際的な解決法は、領土分割、自治、もしくは軍事境界線といったものになるだろう」と書きました。
    • オープンレター側からの反論:クリミアとドンバスを割譲すれば、ウクライナなど存在しないと主張する好戦的な国が矛を収める、と信ずべき根拠はない。プーチンの政治顧問の一人であるティモフェイ・セルゲイツェフは、ウクライナ国家の破壊と数百万人の処刑、およびそれ以外の国民の再教育を求めており*2、ロシアの今の恐るべき戦争犯罪はその声明に沿うものとなっている。
  5. ウクライナを分裂国家と描写
    • ウクライナアフガニスタンから何を学ぶべきか」で貴兄はまた、「米国はウクライナの2つの厳しい政治的現実を見落とした。一つは、ウクライナ西部のロシア嫌いのナショナリストと、ウクライナ東部およびクリミアのロシア系住民との間で、ウクライナが民族的および政治的に深く分断していることである」と書きました。
    • オープンレター側からの反論:これはロシアのレトリックに沿った発言だが、実際の実証的事実と歴史を見るべき。1991年にはクリミアを含むウクライナの全地域が独立を支持する投票をした。2001年の国勢調査では、クリミアを除く全地域でウクライナ人が多数派だった。クリミアでロシア人が多数派になったのはジェノサイドや追放の結果であり、そうしたことをロシアは他の地域でも行い、現在も占領地で行っている。そのような浄化政策に加えて、よりソフトなロシア化政策も推し進めているが、これらの行為はむしろウクライナ人のウクライナ人としての意識を高めている。最近の世論調査では、言語や地域にかかわらずウクライナ人の80%がロシアへの領土割譲を拒否しており、85%が自分をウクライナ人と考えている。これは分裂国家とは言えない。

オープンレターは以下の言葉で締め括られている。

In summary, we welcome your interest in Ukraine. However, if your objective is to be helpful and to generate constructive proposals on how to end the war, we believe that this objective is not achieved. Your interventions present a distorted picture of the origins and intentions of the Russian invasion, mix facts and subjective interpretations, and propagate the Kremlin’s narratives. Ukraine is not a geopolitical pawn or a divided nation, Ukraine has the right to determine its own future, Ukraine has not attacked any country since gaining its independence in 1991. There is no justification for the Russian war of aggression. A clear moral compass, respect of international law, and a firm understanding of Ukraine’s history should be the defining principles for any discussions towards a just peace.
(拙訳)
最後に、我々は貴兄のウクライナへの興味を歓迎します。しかし、もし貴兄の目的が助けとなること、戦争を終わらせる方法について建設的な提案を生み出すことにあるのであれば、その目的は達成されていない、と我々は考えます。貴兄の介入は、ロシアの侵攻の起源と意図についての歪められだ構図を提示しており、事実と主観的な解釈を混在させており、クレムリンの言葉を喧伝しています。ウクライナ地政学的なポーンでも分裂国家でもなく、自らの未来を決定する権利を有しています。ウクライナは1991年に独立を獲得して以来、他の国を攻撃したことはありません。ロシアの侵略戦争を正当化することはできません。明確な道徳上の羅針盤国際法の尊重、およびウクライナの歴史の確固とした理解が、正しい平和への議論のすべてにおいて明確な原則となるべきです。


ちなみにこのオープンレターは、3月21日にタイラー・コーエンが「Group of very smart (but largely non-elite) economists write an open letter to Jeffrey Sachs」というコメントを添えてMRブログでリンクしている*3

なお、コーエンは昨年の10月にMR読者からの要望に応じてサックスについて書いており、彼の経済学者としての功績は過小評価されているがノーベル賞に値すると評価する一方で、コロナウイルスの研究所からのリーク仮説とロシアに関する最近の言動は極めて好ましくない、と述べている。

*1:デロングとサックスのサマーズやシュライファーおよびロシア絡みの因縁はサックス VS シュライファー - himaginary’s diary参照。

*2:cf. ロシアはウクライナに対して何をすべきか - Wikipedia

*3:ただしリンク先はVox Ukraineのページで、デロングがリンクしたUCバークレーのページとは異なる。

インフレは一連の不幸な出来事だったのか、それとも原罪だったのか?

前回前々回エントリで紹介したバーナンキ=ブランシャール論文について、ブルッキングス研究所セミナーで討論者を務めたジェイソン・ファーマンが、その討論スライドを基にした連ツイを起こしている

Was inflation A Series of Unfortunate Events or Original Sin?
My discussion of the Bernanke-@ojblanchard1 paper at Hutchins @BrookingsEcon.
Short version: their model/results are agnostic. My view is *core* inflation is mostly original sin.
A 🧵
https://brookings.edu/wp-content/uploads/2023/04/20230523-Hutchins-Inflation-Comment-v2.pdf
The authors are clear about what their model/results do and do not find and Bernanke reiterated it in his response to my comments. But a lot of commenters have misunderstood it.
I hope this slide (added post-conference) clarifies what their model/estimates do & don't say.
You can find the Bernanke-@ojblanchard1 (henceforth BB) paper and the other papers/slides/discussion from "The Fed: Lessons learned from the past three years" conference here. All of it is excellent so if you have the time try to watch or read.
BB develop a simple & elegant four equation model:
i. price setting based on wages and productivity
ii. wage setting based on expected prices, desired real wages & slack (measured by V/U)
iii & iv. short- and long-run expectations, a function of actual and expected inflation.
They estimate their model (plus lags) to generate this decomposition of headline CPI inflation.
The striking result is that labor market tightness (measured by v/u) played ~zero role in 2021 and a small one today.
Instead was energy, food, "shortages" & an unexplained residual.
(My comments take their results as given & discuss interpretation. Is also worth kicking the tires on how robust the results are to alternative specifications etc. I have some quibbles/questions but are for another time.)
It turns out the food and energy shocks they estimate work out to be almost exactly the same as the food and energy contributions to the overall CPI. Which is to say, their empirical breakdown is consistent with essentially no passthrough to core.
(And BTW, the paper includes a principal components analysis of commodity prices, finds most are consistent w/ demand increases, so BB largely interpret these shocks more as demand/policy than "unfortunate events." I'm closer to the "unfortunate events" interpretation.)
BB don't do a breakdown for core inflation but here is my *rough* attempt to map their results into core inflation, showing the excess above 2.3% inflation.
The biggest overage in 2021 was "shortages" and it was large in 2022 & meaningful in 2023-Q1 as well.
So let's talk about "shortages," which are based on Google search frequency.
Is, of course, endogenous. Could go up because demand rises due to macro stimulus. Or demand rises because of an exogenous shock like COVID. Or supply chains worsen.
Thus the model/results agnostic.
The model/results themselves do not answer the question. You have to use a collage of evidence from outside the model/results to decide whether the shortages are more the result of something exogenous and unpredictable (COVID "taste shock" or COVID-induced supply problem) or not.
The authors lean into but do not completely endorse an interpretation that have some have called the Peloton Economy thesis: (1) COVID caused spending to shift to goods and (2) even general equilibrium reduced services spending that supply elastic so inflation net up.
On the first, I don't see COVID as exogenously causing a shift from services to goods in 2021 (the year inflation emerged). In fact, the big increases in goods spending followed the stimulus checks. & they happened *while* the economy was rapidly reopening & services were rising.
Moreover other countries took longer to vaccinate, longer to reopen, and had longer-lasting lockdowns in 2021. If goods spending was exogenously caused by COVID they should have had bigger increases in goods spending. Instead they were mostly flat or down.
So broadly speaking, the evidence is mostly consistent with durable goods spending going up in 2021 because people had more money to spend--and possibly even spent that money disproportionately on durables as the evidence suggests they did in 2008.
Also not sure about the 2nd part of the argument. If goods more expensive people buy less services. If goods inelastic and services elastic (left picture) then inflation up. But a lot of services were inelastic (right picture) so would just affect relative prices not price level.
So where does that leave us?
Their models/result finds no support for the pessimistic argument that stimulus would overtighten labor markets and unleash inflation...
...But it is consistent with the pessimistic argument many were making that stimulus would create too much nominal demand, that real demand could only increase so much, and so inflation was inevitable.
Note this is the precisely the argument/analysis one would use for Turkish inflation or a stimulus plan that gave everyone $1m checks. You wouldn't expect a linear labor market model to pick up all the inflation that would ensue.
Identities don't prove anything. But add a little structure and they can help. Real GDP growth was as fast as could be reasonably expected post-pandemic. But the economy was awash in support for nominal spending--which manifested in higher prices.
Sorry, this was very long. But you can watch the video, read my slides, or other parts of the excellent conference here.
(拙訳)
インフレは一連の不幸な出来事だったのか、それとも原罪だったのか?
バーナンキ=ブランシャール論文についての私のブルッキングス研究所のハッチンス*1での討論。
簡単なバージョン:彼らのモデル/結果は不可知論的である。私の見解は、「コア」インフレは概ね原罪である、というものである。
以下スレッド*2
https://brookings.edu/wp-content/uploads/2023/04/20230523-Hutchins-Inflation-Comment-v2.pdf

著者たちは自分たちのモデルが見い出したことと見い出さなかったことについて明確であり、バーナンキはその点を私のコメントへの反応で改めて述べた。しかし多くのコメンテーターがそれを誤解した。
以下のスライド(コンファレンスの後に追加した)が、彼らのモデルが述べていること、述べていないことを明確化することを願う。

FRB:過去3年の教訓」コンファレンスにおけるバーナンキ=ブランシャール(以降BB)論文とその他の論文/スライド/討論は以下で見られる。それらすべてが素晴らしいので、時間があれば見たり読まれたりされたい。
www.brookings.edu
BBは簡潔で洗練された4方程式モデルを構築した。
i. 賃金と生産性に基づく価格設定
ii. 予想物価、望まれる実質賃金、およびスラック(V/Uで測定)に基づく賃金設定
iii & iv. 実際と予想インフレの関数である短期と長期の予想
彼らはモデル(とラグ)を推計し、下図のような総合CPIインフレの分解を生成した。
驚くべき結果は、労働市場の逼迫度合い(v/uで測定)は2021年にゼロ近傍の役割しか果たさず、今日も小さな役割しか果たしていないことである。
それに代わって目立つのが、エネルギー、食料、「品不足」、および説明できない残差である。

(私のコメントは彼らの結果を所与として、解釈を論じている。その結果が別の分析設計などに対してどのくらい頑健かを確かめるのもやる価値があることである。私は幾つか異論ないし疑問があるが、それはまた別の機会に。)
彼らが推計した食料とエネルギーのショックは、全体のCPIへの食料とエネルギーの寄与にほぼ一致する結果になった。ということは、彼らの実証的な分解は、コアへの転嫁が事実上無い形で辻褄が合っている、ということである。

(ちなみに論文では商品価格の主成分分析も行っているが、概ね需要の増加と一致することが見い出されている。そのためBBは、それらのショックを、「不幸な出来事」よりも需要ないし政策によるところが大きい、と解釈している。私は「不幸な出来事」解釈に近い。)
BBはコアインフレの分解を行っていないが、以下は彼らの結果をコアインフレにマッピングしようとした私の「大雑把な」試みである。これは、2.3%インフレを超えた超過インフレを示している。
2021年の最大の超過分は「品不足」で、それは2022年も大きく、2023年第一四半期でもやはり有意な大きさである。

ということで、「品不足」について考えてみよう。それはグーグルの検索頻度に基づいている。
これはもちろん内生的である。マクロの刺激策で需要が増えれば増加する可能性がある。あるいはCOVIDのような外生的なショックで需要が増えることもある。供給網の悪化によることもあり得る。
従って彼らのモデル/結果は、不可知論的である。

モデル/結果自体は質問に答えてくれない。品不足が、何か外生的で予測不可能なもの(COVID「選好ショック」もしくはCOVIDが引き起こした供給問題)の結果によるところが大きいか否かを決定するためには、このモデル/結果の外にある実証結果を継ぎ合わせて使う必要がある。
著者たちは、ペロトン経済命題とある人が呼んだ解釈に傾いてはいるが、完全に是認してはいない。その命題とは、(1) COVIDにより支出は財にシフトした、および、(2) 一般均衡においてさえ供給弾力的なサービス支出が減るため、インフレはネットで上昇した。

一番目について言うと、2021年(インフレが現れた年)にCOVIDがサービスから財へのシフトを外生的に引き起こしたようには私には思われない。実際のところ、財への支出の大きな増加は刺激策の給付金配布後に生じた。また、それが生じたのは、経済が急速に再開し、サービスが増加しつつあるのと「同時期」だった。

それに、他の国はワクチン接種や経済再開が米国より遅れ、2021年のロックダウンも長かった。財支出がCOVIDによって外生的に引き起こされたならば、それらの国では財への支出がより大きく増加したはずである。しかし実際にはむしろ概ね横ばいか減少した。

従って大まかに言えば、実証結果は、2021年に耐久財支出が増加したのは人々の手元に支出できるお金が多くあったから――そして実証結果が2008年の人々の行動について示唆するように、おそらくそのお金を耐久財に偏って支出することさえした――という話と整合的である。
www.aeaweb.org
議論の二番目についても確信が持てない。財が高ければ人々はサービスの購入量を減らす。財が非弾力的でサービスが弾力的ならば(下の最初の図)、インフレは上昇する。しかしサービスの多くは非弾力的だったので(下の次の図)、相対価格にのみ影響して物価水準には影響しなかったはずである。


結果として言えることは何だろうか?
彼らのモデル/結果は、刺激策が労働市場を引き締め過ぎて、インフレを上放れさせる、という悲観的な議論への支持を見い出すことはなかった。

しかし、刺激策は過剰な名目需要を作り出す半面、実質需要の増加には限界があるので、インフレが不可避だった、という多くの人が主張していた悲観論とは整合的である。

この悲観論が、トルコのインフレや、皆に100万ドルずつ給付する刺激策に適用するであろう議論/分析そのものであることに注意されたい。その結果生じるインフレを捕捉するのに線形な労働市場モデルは期待しないだろう*3
恒等式は何も証明しないが、少し構造を加えると助けになる。実質GDP成長率はコロナ禍後に期待できるものとしては合理的な大きさだった。しかし経済は名目支出への支持に覆われており、それが物価上昇として顕在化した。

非常に長くなって申し訳ない。ただ、以下では、ビデオを見たり、私のスライドや、素晴らしいコンファレンスの他の話を読んだりできる。
www.brookings.edu

*1:cf. About the Center

*2:ここで挿入されている図の元ネタの映画はそれぞれ「レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語 - Wikipedia」と「映画 キング・マフィア/偽りの報酬<未> (1989)について 映画データベース - allcinema」。ファーマンはそれぞれの映画の原題に寄せて、ワクチンの効果があった/なかったこと、半導体不足、港湾の混雑、ロシアのウクライナ侵攻を一連の不幸な出来事、金融財政政策を原罪に準えている。

*3:スライドでは、100万ドルを各家計に配ったら、GDPの514%の財政刺激策になるので、線形モデルでは、乗数を0.8として実質GDPは412%上昇し、失業率は0%に低下し、0.15の傾きのフィリップス曲線を使えばインフレ率は2.6%に上昇する、という極端な試算例を示している。その上で、実際には、実質GDPは少し上昇し、大インフレが生じる明確な「品不足」ショックが生じることになる、と指摘している。またスライドの結論部では、「It may be more fruitful to ignore the labor market in assessing large non-linear shocks.」とも書いている。