大気環境と自殺

というNBER論文が上がっている2月時点のWP)。原題は「Air Quality and Suicide」で、著者はClaudia Persico(アメリカン大)、Dave E. Marcotte(同)。
以下はその要旨。

We conduct the first-ever large-scale study of the relationship between air pollution and suicide using detailed cause of death data from all death certificates in the U.S. between 2003 and 2010. Using wind direction as an instrument for daily pollution exposure, we find that a 1 μg/m3 increase in daily PM2.5 is associated with a 0.49% increase in daily suicides and 0.171 more suicide-related hospitalizations (a 50% increase). Estimates using 2SLS are larger and more robust, suggesting a bias towards zero arising from measurement error. Event study estimates further illustrate that contemporaneous pollution exposure matters more than exposure to pollution in previous weeks.
(拙訳)
我々は、2003年から2010年の米国のすべての死亡診断書における詳細な死因データを用い、大気汚染と自殺との関係の初の大規模な研究を実施した。風向きを日次の汚染への曝露の操作変数として用いて我々は、日次のPM2.5が1立方メートル当たり1μg増加すると日次の自殺が0.49%増加し、自殺関連の入院が0.171増える(50%の増加)ことを見い出した。2段階最小二乗法を用いた推計値は、より大きく頑健で、測定誤差によるゼロ方向の偏りを示唆している。また、イベントスタディは、同時期の汚染への曝露が、それより前の週における汚染の曝露よりも問題となることを明らかにした。

賃金と物価のスパイラル:過去の実証結果はどうか?

というIMF論文をMostly Economicsが紹介している。原題は「Wage-Price Spirals: What is the Historical Evidence?」で、著者はJorge Alvarez、John C Bluedorn、Niels-Jakob H Hansen、Youyou Huang、Evgenia Pugacheva、Alexandre Sollaci。
以下はその要旨。

How often have wage-price spirals occurred, and what has happened in their aftermath? We investigate this by creating a database of past wage-price spirals among a wide set of advanced economies going back to the 1960s. We define a wage-price spiral as an episode where at least three out of four consecutive quarters saw accelerating consumer prices and rising nominal wages. Perhaps surprisingly, only a small minority of such episodes were followed by sustained acceleration in wages and prices. Instead, inflation and nominal wage growth tended to stabilize, leaving real wage growth broadly unchanged. A decomposition of wage dynamics using a wage Phillips curve suggests that nominal wage growth normally stabilizes at levels that are consistent with observed inflation and labor market tightness. When focusing on episodes that mimic the recent pattern of falling real wages and tightening labor markets, declining inflation and nominal wage growth increases tended to follow – thus allowing real wages to catch up. We conclude that an acceleration of nominal wages should not necessarily be seen as a sign that a wage-price spiral is taking hold.
(拙訳)
賃金と物価のスパイラルはどの程度の頻度で生じ、その後は何が起きたのだろうか? 我々は、1960年代に遡る先進国経済の幅広い集合における過去の賃金-物価スパイラルのデータベースを構築してこれを調査した。我々は、賃金-物価スパイラルを、連続した4四半期のうち少なくとも3四半期で消費者物価が加速し、名目賃金が上昇した時期と定義した。おそらく驚くべきことに、そうした時期の後に持続的な賃金と物価の加速が起きたのはごく一部にとどまった。むしろインフレと名目賃金の伸びは安定化する傾向にあり、そのため実質賃金は概ね変化しなかった。フィリップス曲線を用いて賃金の推移を分解したところ、名目賃金の伸びは通常、観測されたインフレおよび労働市場の逼迫度と整合的な水準で安定化した。近年の実質賃金の低下と逼迫する労働市場のパターンに似た時期に焦点を当てたところ、インフレの低下と名目賃金の伸びの増加が後に続く傾向があった――それにより、実質賃金が回復することができた。名目賃金の加速を、賃金と物価のスパイラルが確固たるものになる兆候として必ずしも見るべきではない、と我々は結論する。

政府はいつ公式統計を操作するか? 実証分析

というSSRN論文をMostly Economicsが紹介している。原題は「When Do Governments Manipulate Official Statistics? An Empirical Analysis」で、著者はBruno S. Frey(バーゼル大、CREMA)、Louis Moser(CREMA)、Sandro Bieri(同)。
以下はその要旨。

Many countries all over the world have been reported to systematically manipulate official statistics. However, scholarly research has not extensively dealt with the extent and determinants of data manipulation, beyond democracy and autocracy. This paper extends the literature by including institutional factors hypothetically affecting the intensity of data manipulation.
Regressing the deviations of GDP – predicted by nighttime lighting data – from „officialGDP on these institutional factors suggests that economic openness decreases manipulation, while decentralization increases manipulation. Political openness decreases manipulation for countries under-reporting GDP and increases manipulation for countries over-reporting GDP. No effects are found for press freedom and the independence of the statistical office.
(拙訳)
世界の多くの国がシステマティックに公式統計を操作していることを報告されている。しかし、学術研究は、データ操作の程度と要因を、民主主義と専制主義という以上にはあまり取り上げてこなかった。本稿は、データ操作の程度に影響すると想定される制度的要因を織り込むことにより、この分野の研究を拡張する。
夜間照明データから予測されるGDPの「公的GDP」からの乖離をそれらの制度的要因に回帰すると、経済の開放度は操作を減少させるが、分権化は操作を増加させることが示される。政治の開放度は、GDPを過少報告している国では操作を減少させ、GDPを過大報告している国では操作を増加させる。報道の自由と統計局の独立については効果は見られなかった。

結論部によると、分権化の影響については、地方政府の操作余地が増すという仮説と整合的な結果との由。また、政治の開放度については、それが高い国では国際機関による自国の評価を上げて信用リスクを下げるためにGDPを過大評価するインセンティブが働く半面、他国との結びつきが強いとGDPが低い場合にそれらの国から支援を受ける必要性が高まるので、GDPの過小評価がしにくくなるのではないか、との由。
報道の自由が影響しない点については、(1)報道側も政府統計に異を唱えるだけのデータを持っているわけではない、(2)報道の自由はデータ操作よりも狭い範囲の政治的問題の捕捉に適している、(3)推計手法が報道活動と公的データ生成方法の関係を上手く捕捉できていない、(4)SNSに比べた報道の相対的重要性の低下、という4つの仮説を提示している。統計局の独立については、アフリカ諸国しかデータがなく、それらの国では他の要因にかき消されてしまったが、他の国でデータが取れれば有意になる可能性はある、と考察している。

経済の分解勘定

というNBER論文が上がっているungated版)。原題は「Disaggregated Economic Accounts」で、著者はAsger L. Andersen(コペンハーゲン大)、Emil Toft Hansen(同)、Kilian Huber(シカゴ大)、Niels Johannesen(コペンハーゲン大)、Ludwig Straub(ハーバード大)。
以下はその要旨。

We develop and analyze a new system of disaggregated economic accounts. The system breaks down national accounting positions into bilateral flows among consistently defined subgroups of consumers (“consumer cells”), subgroups of producers (“producer cells”), the government, and the rest of the world. We disaggregate the full circular flow of money, including consumption, labor compensation, firm surplus, foreign trade, taxes, and trade in intermediates. The measurement is comprehensive, so that the disaggregated flows add up to national aggregates and fulfill all national accounting identities. We implement the disaggregated system for small region-by-industry cells in Denmark. We present new facts on the structure of disaggregated flows across the economy, for example that spending flows into cities, city residents spend more abroad, and the government on net transfers resources into cities. Using a macroeconomic model, we highlight that disaggregated economic accounts change our understanding of shock propagation in general equilibrium. In particular, we find that the structure of disaggregated flows shapes the aggregate and distributional consequences of export demand shocks.
(拙訳)
我々は、経済の分解勘定の新体系を開発・分析した。同体系では、国民経済計算の各ポジションを、整合的に定義された、消費者の部分集合(「消費者セル」)、生産者の部分集合(「生産者セル」)、政府、およびそれ以外の世界の間の双方向の流れに分解する。我々は、消費、労働報酬、企業余剰、海外貿易、税金、および仲介機関の取引といった貨幣の循環すべてを分解する。測定は包括的であるため、分解された流れの合計はマクロの集計値と一致し、国民経済計算のすべての恒等式を満たす。我々はデンマークの小さな地域・産業のセルに分解体系を適用した。経済における分解された流れの構造について我々は新たな事実を提示する。例えば、支出は都市に流れ込み、都市の住民は海外への支出が多く、政府は資源を都市に純移転する。マクロ経済モデルを用いて我々は、経済の分解勘定が、一般均衡におけるショックの伝播に関する我々の理解を変えることを明らかにする。特に、分解された流れの構造が輸出需要ショックのマクロならびに分配面の帰結を形成することを我々は見い出した。

空間における需給

というNBER論文が上がっているungated版)。原題は「Supply and Demand in Space」で、著者はTreb Allen(ダートマス大)、Costas Arkolakis(イェール大)。
以下はその要旨。

What do recent advances in economic geography teach us about the spatial distribution of economic activity? We show that the equilibrium distribution of economic activity can be determined simply by the intersection of labor supply and demand curves. We discuss how to estimate these curves and highlight the importance of global geography – i.e. the connections between locations through the trading network – in determining how various policy relevant changes to geography shape the spatial economy.
(拙訳)
経済地理学の最近の発展は、経済活動の空間的分布について何を教えてくれるだろうか? 我々は、経済活動の均衡分布が単純に労働需給曲線の交点で決まることを示す。我々は、それらの曲線の推計方法を論じ、様々な政策関連の地理の変化がどのように空間経済を形成するかを決定づける上でのグローバルな地理――即ち、交易ネットワークを通じた地域間のつながり――の重要性を明らかにする。

「テロリストを成功者にしてはならない」政策と時間的非整合性

細野豪志氏の以下の発言が一部で話題を呼んでいる。


ここで細野氏が示した方針に対しては賛否両論が出ているが、このように意見が分かれるのは、一つにはこの方針が時間的非整合性を孕んでいるためと思われる。
即ち、ここで細野氏が提案しているのは、「テロリストを成功者にしてはならない」という原則の下、テロによって何らかの問題が浮き彫りになったとしても、その問題の直接的な政策的解決は避ける、という方針である。テロリストを成功者にしないことにより、次のテロの発生可能性を低める、というのがその方針の狙いということになる。
だが、いったんテロが起きてしまった場合、そのテロによって浮き彫りになった問題を解決することは、社会全体の厚生改善につながる。ここに時間的非整合性の問題がある。

そうなると、この方針を評価するには、この方針によるテロ抑止の効用と、この方針による事後の社会厚生改善阻害の不効用を比較較量する必要がある。

ここでこの方針のテロ抑止の効用について少し批判的に検討してみると、以下のような疑問が湧く。

  • 社会や政治の介入を求めるのではなく、個人的な怨恨を八つ当たり気味に有名人に向けることを目的とするテロに対しては抑止力とはならない
  • 政治や社会が動かないことにより、テロリスト側がテロを諦めるのではなくむしろエスカレートさせる可能性がある
    • 細野氏が危惧する過去のテロの連鎖(あるいは例えばイスラエルにおけるテロ)はむしろこちらの要因が強い可能性もあるのではないか
    • 今回のケースで言えば、仮にカルト宗教から親族を取り戻すことがテロリストの目的だった場合、現在の状況はテロリストにとって別に最終的な成功ではないことになる。その場合、社会や政治が動く場合と動かない場合では、前者の方が親族がカルトを脱する可能性が高まる。そうすると、仮に逮捕を逃れていた場合、社会や政治が動いた場合には様子見をすることにしていたであろう犯人が、社会や政治が動かない場合は犯行を積み重ねる可能性がある
  • 社会的に問題を抱える集団が、その方針を悪用して政策介入から逃れるため、自らに対して偽装テロを起こす恐れがある
    • この場合、テロ抑止とは逆に、むしろ本来生じる必要のないテロ促進のインセンティブが生じてしまうことになる

事後の社会厚生改善阻害の不効用についても、以下のような追加的な問題が生じる可能性がある。

  • 本来社会的に考えて推進すべき政策が、同政策の熱狂的な支持者によるテロが起きたことによってこの方針に抵触する形になり、推進が滞る恐れ
    • これについてもその政策の反対派による偽装テロが生じる恐れがある

これらの疑問点を超えてこの方針の有効性を言うためには、それなりの強いエビデンスが必要なように思われる。

財政赤字を巡る論点整理の一つの試み

防衛費の増額など政府支出の増加が求められる中、それを増税で賄うのか、それとも国債発行で賄うのか、という議論が折に触れ再燃している。ここでは、そうした論争における各論者の立場の違いを、自分なりに簡単に整理してみる。

ある年度の歳出と歳入を考えた場合、当年度の歳出を賄うのは税収か国債発行による借り入れに二分され、借り入れは最終的な返済手段によって3種類に分類できる。

  • 当年度の歳出を賄う手段
    • 当年度の税収
    • 借り入れ
      • 借り入れの最終的な返済手段による分類
        1. 将来の自然増収
        2. 将来の増税
        3. 将来のインフレ

このような財政の資金調達に対する各論者の立場を大まかに分類すると、以下の3つの理念型に大別される、というのがここでの試論。

  • 均衡財政主義
    • この立場の考え方は概ね以下の通り。
      • 当年度の歳出はあくまでも当年度の税収で賄うことを原則とすべき。借り入れは本来するべきではなく、するとしても資金調達の技術的な要因による一時的なものに留めるべき。
      • 将来の自然増収を見込んで支出や借り入れを行うのは、不確実性を伴う話であり、なし崩し的な支出と借り入れの拡大につながるのでやめておくべき。
      • 将来の増税やインフレで借り入れの返済を見込むのは、将来世代に負担を押し付けることになるので、以ての外。
    • 日本では、かつて経済と税収が高い成長を遂げていた時代には均衡財政主義が当然視されていたが、現在もこの考え方を堅持しているのは財務省の一部など少数派になっていると思われる。
  • EBPM重視派
    • この立場の考え方は概ね以下の通り。
      • 将来の自然増収が見込めるのであれば、その範囲で借り入れを認める。そのために各支出項目は精査する必要があり、費用便益分析などのEBPMによる裏付けを支出の要件とすべき。具体的には、原則として、当該支出による将来の増収によって現在の追加借入分が賄える項目のみ支出を認める。
      • EBPMを徹底すれば、なし崩し的な支出拡大は防げる。それを保証する制度的な仕組みとして、超党派の財政委員会などを設置する。
    • この考え方は、現在の経済学者やエコノミストでは比較的主流になっていると思われる。
    • この立場においても、将来の増税やインフレで返済を見込むのは、将来世代に負担を押し付けることになるので、以ての外、と考える人が多いと思われる。
    • 小生の愚見によれば、EBPMを支出の要件とすることは科学的な手法として評価できるが、ただし以下の点は要注意かと思われる。
      • 各支出項目についてEBPMを整備することは多大な労力を要し、現実的ではない可能性がある。
      • EBPMは、社会の在り方といった哲学的な要件に関する社会的なコンセンサスを取り込めるほど十分に進化していないと思われる。例えば、統計的生命価値だけで費用便益分析を推し進めた場合、年金や介護、生活保護などの社会保障の多くを削減したり負担増を求めたりする結果に陥る可能性がある。従ってその論理を貫徹し過ぎると、社会不安を招き、国の経済を却って損なう恐れがある。
      • EBPMはまた、研究開発のように個別項目の当たり外れが大きいがその結果が事前にはほとんど分からず、総合的かつ長期的視野で考える必要があるものの効果を測定できるほど十分に進化していないと思われる。そのためこの立場をあまり貫徹し過ぎると、長期的に国の経済の発展を支えるのに必要な支出を削減してしまう恐れがある。
  • シニョリッジ重視派
    • この立場の考え方は概ね以下の通り。
      • 借り入れをそもそも上記のいずれかの方法で返済する必要は必ずしもない。国全体の需要が生産能力を超えたことがインフレの高進で明確になるまで借り入れを増やしても経済に問題は生じないので、その範囲で財政支出は拡大できる。
      • その際、借り入れは、中銀によってマネタイズできる(注:MMTの考え方を取るならば、ここで中銀のマネタイズを介する必要もない)。
    • この考え方に対する小生の愚見は以下の通り。
      • この考え方に立ったとしても、インフレという制約が存在するので、野放図な財政支出が可能になるわけではない。従ってEBPMなどによる支出項目の優先付けは依然として必要。
      • この考え方に基づいて、シニョリッジによる支出拡大許容幅をある程度信頼性を以って計算できるならば、それも一種のEBPMと言うことができるのではないか。従って、EBPM重視派とこの立場の差異は見掛けほど大きくはないのかもしれない。
      • ただ、そうした計算に当たっては、個々の支出内容のみならず全体の支出の状況、ならびにそれと国全体の経済との相互作用を織り込む必要がある。こうしたマクロベースのEBPMの計算の複雑性は、通常のミクロベースのEBPMよりも格段に高いため、他の経済学者も納得できるだけの信頼性を得るには、経済学研究のさらなる発展が必要。それまではこの考え方によって主流派を説得することは困難と思われる。
      • 制約条件たるインフレをどこまで許容するか、というのも一つの検討課題(cf. 財政赤字ギャンブルの得失 - himaginary’s diary)。